個人的な読書日記です。
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作品情報
タイトル:十角館の殺人
著者:綾辻行人
出版社:講談社(講談社文庫)
発行:2007年10月
初刊:1987年9月(講談社ノベルス)
ジャンル:推理小説,ミステリ,サイコスリラー,クローズド・サークル
評価:★★★★☆
登場人物
あらすじ
- 1985年1月中村千織が死亡
ミス研の新年会で、急性アルコール中毒から持病の心臓発作を誘発。
参加メンバーの「不注意による」もので、事故として処理された。 - 1985年9月青屋敷が焼失
中村青司邸、通称「青屋敷」が全焼。焼け跡から青司、妻の和枝、使用人の北村夫妻と思われる4名の他殺体が発見された。
当日、島に滞在していた吉川誠一が行方不明となっており、警察は「吉川が4人を殺害して逃亡したのではないか」として捜査を終了。 - 一日目・島ミス研の7人が角島に向かう
1986年3月26日、K**大学・推理小説研究会の一行が角島を訪れ、焼け残った十角館で1週間の合宿を始めた。
- 一日目・本土江南が紅次郎を訪ねる
本土では江南が「お前たちが殺した中村千織は、私の娘だった」と書かれた封書を受け取り、千織の肉親である中村紅次郎を訪ねた。
そこで出会った紅次郎の大学の後輩、島田とともに真相究明に向けて動き出す。 - 二日目・島
(朝)7枚のプレートが出現十角館のホールのテーブルの上にプレートが置かれているのをオルツィが発見する。
それぞれ、第1~4までの犠牲者、最後の犠牲者、探偵、殺人犯人と書かれていた。 - 二日目・本土江南、島田が吉川の妻を訪問
帰りに訪ねた紅次郎は留守。その後、守須を訪ねる。
守須から「青司と吉川の入れ替わり」説が出る。 - 三日目・島
(朝)第一の被害者十角館の自室で絞殺され、左手首が切断されたオルツィが見つかる。
部屋のドアには「第一の被害者」と書かれたプレートが貼りつけられていた。
エラリイから「犯人=中村青司」説が出る。 - 三日目・本土
江南と島田は角島を臨む港のあるS町を訪れ、合宿の参加者を送った船の漁師から話を聞く。
エンジンつきのモーターボートであれば島との行き来は可能との情報を得る。 - 三日目・島
(夜)第二の被害者夕食後、アガサが淹れたコーヒーに混入していた毒物によりカーが死亡。
- 四日目・島
エラリイが十角館のバスタブにカーの左手首が落ちているのを見つける。
青屋敷の焼け跡から地下室を発見。テグスの罠によりエラリイが足を挫く。
地下室には何者かが潜んでいた形跡があった。
十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫) [ 綾辻 行人 ] 価格:946円 |
あらすじ続き
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- 四日目・本土江南と島田が紅次郎を訪問
角島の火災は青司の無理心中であったこと、和枝の手首は火災の前に紅次郎が受け取っていたこと、そして千織は紅次郎の娘であることが明かされる。
- 五日目・島
(朝)第四の被害者口紅に仕込まれた青酸により、アガサが十角館の洗面所で死亡。
- 五日目・島
(朝)第三の被害者ドアに貼られたプレートから、アガサが第四の被害者であったと知り、エラリイ、ヴァン、ポウは姿の見えないルルウを探しに行く。
青屋敷の焼け跡で、石で後頭部を殴打されて死んでいるルルウが見つかり、不自然な足跡も残されていた。 - 五日目・島
(昼)第五の被害者カーが毒殺された時に使用していたカップのみが十一角形であることにエラリイが気づく。
ルルウの殺害現場に残った足跡から、外部犯の可能性が濃厚とされる。
煙草に仕込まれた青酸により、ポウが十角館のホールで死亡。 - 五日目・島
(夕)エラリイ、ヴァンは、十一角形のカップを入口の鍵とする地下の隠し部屋を見つけ探索。
吉川と思われる白骨化した遺体を発見する。 - 六日目十角館が焼失
深夜、十角館から火の手が上がり全焼。全員の死体が焼け跡から見つかった。
江南と島田は紅次郎が犯人ではないかと推測する。
読者には真犯人の名と正体が明かされる。 - 七日目
1986年4月1日、火災現場から発見された遺体の身元、また地下室の遺体についての報道がされる。
- 八日目
K**大学構内にあるミス研の部室に、江南と守須を含む部員が集められ、島田警部による説明と聴取を受ける。
動機が判然としないものの、犯人は火災発生時に生きていたと思われるエラリイであろうとされた。 - 八日目(真犯人の回想)
犯人により事件の全容が語られる。
動機は中村千織。ミス研の新年会で酒を無理強いされたのではないかと考え復讐を決意した。
青司の名を騙った9通の手紙を作成し、ポウ、アガサ、ヴァン、エラリイ、カー、オルツィ、ルルウ、江南、紅次郎に送付。
元会員の江南に送りつけたのは、調べ回らせアリバイの証人にするためだった。
さらに制作段階の異なる同じ構図の絵を3枚用意して、さりげなく江南に見せることで、絵を描きに行っていると印象づけた。 - プロローグと
エピローグ復讐を前にした犯人は、自分の計画のすべてを記した紙を入れたガラス壜を海に流していた。
事件が幕を閉じ、黄昏の海を眺める犯人の元へ島田がやってくる。
新たな真相を語ろうとする島田を無視して歩き始めた犯人は、浜に流れ着いたガラス壜を見つけた。
「審判」と感じた犯人は、近くにいた子供に、壜を島田に渡すよう頼んだのだった。
感想
本作について
『十角館の殺人』は1987年に刊行された綾辻行人のデビュー作である。
日本のミステリ界に大きな影響を与え、新本格ブームを巻き起こした。
推理作家や推理小説の愛好者ら約500名がアンケートにより選出した「東西ミステリーベスト100」の2012年版日本編で第8位に選ばれている。
素人探偵・島田潔が亡き建築家・中村青司が携わった奇妙な建築物を訪れ、そこで起こる殺人事件を解決する「館シリーズ」の第1作として知られる。
1987年の親本刊行から20年経ち、新装改訂版としてリニューアルされる際に全面改訂が行われた。あとがきにて「本書をもって『十角館の殺人』の決定版とするつもりでいる」と筆者が述べている。
『そして誰もいなくなった』
本作はアガサ・クリスティの長編推理小説『そして誰もいなくなった』に影響を受けた作品とされている。
外国のミステリは殆ど読まず、ミステリ研究に興味のない私でもピンと来るくらい、全体的な流れを踏襲しており、随所に彷彿とさせる場面や名称が盛り込まれている。
『そして誰もいなくなった』については不満が幾つかあったが、『十角館の殺人』巻末の解説で戸川安宣氏が触れておられるように、「探偵が存在しない」こともその1つだった。
犯人が明かされないまま全員が死亡。真相は壜の中。 …え?
それは卑怯では、と自分なりにあれこれ推理していた中高生の私は拍子抜けし、消化不良に陥った。
『十角館の殺人』では、島の他に本土という舞台が用意され、交互に語られるところにミステリ心がくすぐられる。
本土には重要な役割もあり、犯人が示された時には「そう来たか!」と霧が一気に晴れ渡るような爽快感があった。
ページを繰った1行目に名前が記されているのも洒落ている。
昭和の香り
本作の初刊は1987年(昭和62年)、筆者が26歳の時の作品である。
あとがきに「見事なくらいバブルとは無縁な生活を送っていた」とあり、バブル景気(1986年12月から1991年2月まで)真っただ中であるにもかかわらずバブル臭は感じられない。
代わりに昭和40~50年代らしき香りが漂う。
もちろんスマホもネットもなく、家事雑事は女性がするものという価値観が生きている。未成年でも当たり前に喫煙、飲酒をするが、女が人前で喫煙するのは憚られる。
走りのワープロ。話をするのはファミレスではなく喫茶店。コーヒーにはピザトースト。
ヴァンがくるまった寝袋も、現在と比べると重くてかさばる割に保温性能の劣るものだっただろうし、作中には出てこないが、当時の喫茶店のテーブルに必ずと言ってよいほどあったというルーレット式おみくじも置いてあったかもしれない。
就職活動に目の色を変えることもなく、アルバイトにも追われず古今東西の推理小説談義に熱中し、仲間の伯父が手に入れた島の別荘で合宿を行う。
ポウを除き特に富裕層でもなさそうな学生(日本画の顔料は高価なので、オルツィの実家も比較的裕福かもしれない)が当然に享受していたモラトリアム。
それが特別に贅沢ではなく、今よりも大卒に価値と恩恵があった時代の古きよき、そして少々野暮ったい香りは新鮮でどこか懐かしい。
痛いニックネーム呼び
設立10年ほどのK**大学・推理小説研究会には、会員に有名作家(作中ではすべて外国の作家名)にちなんだニックネームをつける慣習がある。
創立時は全員につけていたが、会員が増えるに従い卒業する先輩から後輩へ「会誌における活躍ぶりを基準として」名前が引き継がれる。
こう言ってはなんだが、たかだか大学の研究会風情がおこがましいなと苦笑い。
全員につけられていては作品が成り立たないので仕方ないが、小さな集団の中でエリーティズムを誇ってもいるようで、見ていていい気持ちはしない。
外部には軽蔑されるか嘲笑されるか、少なくとも通用はしないというのに、臆面もなく互いにカタカナの大作家名で呼び合うなど滑稽でしかない。
これほど反感を持つのも私自身に同じような経験があり、どうしようもなく同族嫌悪がわき上がるからだ。
私の場合は偉人名などではなかったが(もちろん某宗教は無関係)、それでも若気の至りと微笑ましくは思えず、作品の序盤と終盤では非常にむず痒い思いを抱いた。
映像ではないので、団子鼻のいかにも日本人顔の学生らが大真面目に「ルルウ」だの「エラリイ」だの呼び合うリアルではなく、自分好みに脳内変換できたのは幸いだったが、同時に仮に自分が「ジイド」などと呼ばれたら悶え死にそうだと想像もしてしまった。
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「守須」は卑怯?
本作のトリックに関わるとはいえ、「もりす」と言えば警部のように「モーリス・ルブラン」がまず浮かぶし、そうつけたくなるのが人情ではないか。命名についての説明もないし、ミスディレクションが過ぎますぞ?と。
研究会に在籍中の江南は「コナン」ではなく「ドイル」と呼ばれていたというくだりもあったが、島田は終始「こなん」と呼んでいたわけだし、少々アンフェアかなと感じた。
『そして誰もいなくなった』において、孤島の売買や管理を手配していたアイザック・モリスに因んだのかもしれないが、彼は島以外で殺害されたものの悪人として裁かれる面もあり、どうも釈然としない(筆者による言及がなされていればこちらの不勉強です)。
結局は八つ当たり
一連の殺人は、密かに交際していた千織を亡くした守須の復讐だったわけだが、本当に千織は殺されたのだろうか。
詳細は作中では語られず、当事者は苦々しく「不注意から死なせた」としており、事故として処理されてもいる。
途中で帰り、現場に居合わせなかった江南は、島田に「みんなが調子に乗って、無茶な飲み方をさせたらしくて」と説明してはいるが、殺害された面々を見るに、後輩に酒を無理強いしそうな者はカーくらいだった。
コンプレックスが強そうな割にプライドは恐ろしく高く、女性蔑視の塊でありながら見境なく言い寄る彼(どっかで見たなぁこんな奴)であれば、無礼講に乗じて下心丸出しに酒を勧めそうではある。
下級生であるオルツィとルルウは強く口は出せないかもしれないが、良識的で医学生でもあるポウとしっかり者のアガサがいる。カーが暴走したとして止めるくらいはするだろう。
エラリイはといえば他人はどうでもよいタイプだから、話に夢中で止めはしないが飲ませもしないだろう。
自分の学生時代にも、未だに強制的に一気飲みさせるような体育会系体質のサークルもあるにはあったが、そういうところに漂う野蛮な雰囲気がミス研には感じられない。
この件に関しては自己責任が適用される気がする。
誘われたからと彼氏が帰った後も三次会に行き、自分の許容量を超えて飲酒した千織に原因がないとは言えない。後輩の立場としては断りにくいのは解るが、いつも一次会で帰宅していたのだし、心臓が弱いのは自分がいちばんよく心得ていただろうに。
守須が「無謀な飲み方をする娘では、決してなかった」と言うのなら、「断じて事故じゃない」と決めつける前に事実確認を行うべきではなかろうか。
本人のその日の体調もあり、誰の責任でもない偶発的な事故かもしれない。
それらを欠片も考えずに突っ走るところが怖い。
守須は中学の頃、家族を強盗に殺害されており、大切な存在を奪われることを極端に恐れ、奪われたとなると狂気に変わるほどの怒りや絶望を覚えるのかもしれない。
だが事実を突き止めないまま、曲がりなりにも数年来、親しくしてきた仲間を手にかけるとはまったく同情の余地がない。
千織と仲のよかったオルツィ、自分の体調を案じて世話を焼いてくれたアガサまで手にかけ、たまたま最後まで残ったエラリイに生きたまま灯油をかけて焼き殺し、すべての罪を着せる。鬼畜の所業ではないか。
復讐などそんなものかもしれないが、回想で千織への想いが語られている場面は吐き気がする。
何が「ああ、千織、千織、千織……」だ。
気持ち悪い男、気持ちの悪いカップルである。
そんなに大切な彼女なら、深夜に放り出して帰らなければよかったのに。
交際を公にしていなくとも、3回生ともなれば後輩を気遣うふりでガードしたり、さりげなく連れ出すこともできただろう。
結局は八つ当たりなのだ。
自分たちの臆病さを棚に上げ、喪失の痛みと良心の呵責を体よく復讐に塗り替えたに過ぎない。
とまあこれほど守須と千織をこき下ろすのは、基本的に何ごとも等価交換が望ましいという自分の価値観と、ポウやアガサへの好意からというのも大きく、もちろん作品への批判ではない。
動機と同様、非現実的とまでは言わないが、一つ躓けばすべてが崩れる、薄氷を踏むような復讐計画についても、トリックが成り立っている以上はとやかく言うのは野暮だろう。
余談
今回、読書日記を書くにあたって、何度も読んだ『十角館の殺人』をただの読書とは違う視点から読み直せたこと、「東西ミステリーベスト100」「MRC大賞」を知り、新たな作家や作品と出会えたことが、自分としては大きな収穫だった。
最近は本屋に行く機会も滅多になく、乱読せず特定の作家の新作を取り寄せることが殆どだったので、これを機会にいろいろ読んでみたい。
Huluの実写ドラマも観たので、また「映画・ドラマ日記」で書きたいとも思う。
現在「館シリーズ」は第9作まで刊行されており、綾辻本人は、本シリーズは10作で完結するとしている。
2023年7月より第10作にあたる『双子館の殺人』が、講談社が開設した定額会員制の読書クラブ「メフィストリーダーズクラブ」(略称はMRC)に連載中とのことで、完結及び一般販売はまだ先になりそうだ。
ちなみに「館シリーズ」の既刊は新旧版入り混じりだが、すべて読んでいる。
本文の書体は、ヒラギノ明朝も読みやすく雰囲気にも合っているが、個人的には『黒猫館』(旧)に使われている本蘭明朝の方が好きだ。
『迷路館の殺人』(旧)の石井明朝も書体としては好きだが、文字が小さすぎて読みにくい上に「館シリーズ」には少し合わないように思う。
本欄明朝を使い『黒猫館の殺人』(旧)より行間を空けてあると最高だしリュウミンもよし…と自称フォントマニアとしては夢想している。
「作品に出てきたような十角形のカップがほしいな」と思っていたら、Mephisto Readers Storeという講談社の委託ショップで、『十角館の殺人』のカバー装画をモチーフにしたマグカップが公式グッズとして販売されていた。
瀬戸焼\6,600(税込)。有料会員専用の商品で、現在は完売。
サイン本なども扱っており、お金さえ出せば誰でも入手できるのはいいことなんだけど、いや、でも、ちょっとあざといかな…。