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『クリムゾンの迷宮』文庫本

読書日記
この記事は約21分で読めます。
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個人的な読書日記です。
「ジャンル」は出版社や書店によるもの、もしくは独断により分類しました。
「評価」は自分のお気に入り度です。
「▶あらすじ詳細」「▶感想」にはネタバレを含みますので、非表示にしています。ご了承の上、クリックまたはタップしてお読みください。

作品情報

タイトル:クリムゾンの迷宮
著者:貴志祐介
出版社:角川書店
発行:1999年4月
初刊:(出版社)
ジャンル:サバイバルホラー,デス・ゲーム小説
評価:★★★★★

登場人物

ルートについては「あらすじ」で説明しています。

東ルート:サバイバルアイテム

加藤 高道(かとう たかみち)
51歳。メンバー内では最年長。元中学教諭。小柄で頬がこけている。
以前はワンダーフォーゲル部で指導していた。ゲーム序盤では国際的なSOSサインについて説明したり、船岡と口論になったりする場面があったが、ルート選択後は登場しない。

野呂田 栄介(のろた えいすけ)
42歳。以前は先物取引会社のセールスマンをしていたらしい。
茶色のセルフレームの眼鏡をかけ、藤木からは「一見物静かな学者タイプだが、したたかそうな印象」と評される。
穏やかで協調性があり、ルート選択までの話し合いでは司会役を務めた。

西ルート:護身用アイテム

妹尾 純一(せのお じゅんいち)
31歳。多重債務者。2メートル近い巨躯。
藤木の第一印象では温和そうに見えたが、すぐに傲岸で暴力的な面が顕著となり、船岡を手下のように扱っている。
その体格と所持している武器から、藤木や楢本たちからはいちばんの脅威と見なされている。

船岡 茂(ふなおか しげる)
30代前半。身長165㎝ほど。競艇狂いで会社の金に手をつけ解雇された。
不満が多く自己中心的、軽佻浮薄な人物。藍に下心を抱いていた。

南ルート:食糧

楢本 真樹(ならもと まさき)
29歳。フリーター。色白で能面のような風貌。

鶴見 克哉(つるみ かつや)
寡黙な中年男性。腰を痛めるまでは出稼ぎ労働者だった。

安部 芙美子(あべ ふみこ)
40代後半と見られる。夫とは離婚しているらしい。
代替え案は出さない癖に、やたらと他者を責め立てるトラブルメーカー。序盤では特にゲーム機のない藍を敵視して、事あるごとに攻撃したが、ルート選択後は登場しない。

北ルート:情報

藤木 芳彦(ふじき よしひこ)
本作の主人公。40歳。一昨年前まで大手証券会社に勤務し、バブル景気を謳歌していたが、会社が破綻して失業。妻とも離婚した。
社宅を追われ、妻が持ち出した通帳などが戻るまで、数日間ホームレスを経験。
1DKの安アパートで失業生活を送っていたが、ある仕事に応募したところ、薬を盛られて意識を失い、「ゲーム」会場に連行された。

大友 藍(おおとも あい)
30歳前後。アニメーターから漫画家に転身。
補聴器をつけており、両目にも違和感を覚えさせる。
高校生の時に覚醒剤中毒に陥り、犯罪組織とのトラブルで感覚器官の一部を失った。
ゲーム開始前、目覚めた藤木と遭遇した際に、逃げようとして自分のゲーム機を壊してしまい、成り行きで藤木とパートナー関係となる。

アドバイザー

プラティ君
ドナルドダックにそっくりな、カモノハシのキャラクター。
チェックポイントごとにゲーム機に現れ、藤木たちに重要な情報を与えてくれる。
余計なことを喋りすぎたとのことで、ルシファー君に殺されてしまう。

ルシファー君
ミッキーマウスにそっくりな、キバラミズネズミのキャラクター。
プラティ君の後任として中盤から登場。口調は丁寧で饒舌だが、直接的に有益な情報は与えてくれず、悪意に満ちている。

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あらすじ

藤木は横縞で彩られた岩山に囲まれた異様な世界で目ざめる。
傍らには僅かな食糧と水、そしてゲーム機「POCKET GAME KIDS」。
藤木は訳の分からぬまま「火星の迷宮」へ迎え入れられ、強制的にゲームに参加することになった。

プレイヤーは、チェックポイント(以下CP)において、進路に関する選択肢を与えられ、生存に役立つ様々なアイテムが得られる場合もある。ただし選択肢によっては、生死にかかわることもありうる。各プレイヤーは、お互いに協力するも敵対するも任意とのこと。
「無事に迷宮を抜け出て、ゴールを果たした者は賞金を勝ち取り、地球に帰還できる」とはいうが…。

スタート地点に向かう途中、藤木は遭遇した藍と図らずもパートナー関係を結ぶ。
2人でたどり着いたスタート地点(第1CP)には、すでに他の参加者たち7人が集まっていた。
各CPではすべてのプレイヤーに同一の情報が与えられるが、第1CPのみ、9人それぞれのゲーム機に、重要な情報が分割されているという。
ゲーム機が壊れた藍の分の情報は失われたものの、禁止事項や各ルートの第2CPへの道順は確認できた。

ルート

東ルート:サバイバルアイテムを求める者
西ルート:護身用アイテムを求める者
南ルート:食糧を求める者
北ルート:情報を求める者

野呂田が話の主導権を握り、4組に分かれて各ルートの第2CPまで行き、再び集合して獲得アイテムを分配することになった。
最初は南ルートを希望した藤木だが、藍に言われて希望者のいない北に向かうことにする。
北の第2CPでは、この場所がオーストラリアのバングル・バングル国立公園であること、今は雨期で交通が遮断されていることが告げられた。さらにアイテムとして、蠅除けネットとゲームカセットが見つかる。
新しいカセットにはプラティ君が現れ、サバイバルでの食糧の入手方法、各ルートで手に入るアイテムの一覧、他ルートを選択した参加者との「相性診断」という情報を授けてくれた。
「護身用のアイテムを選んだ者は要注意」は理解できるとして、「最も恐ろしいのは食糧を選んだヤツら」とはどういうことなのか?理由は教えてくれないが、「後半はヤツらには絶対に近づくな」と念を押される。

第1CPに戻る道すがら、情報を共有するつもりだった藤木を藍が止める。
実際、各グループが持ち帰ったアイテムと数は一覧と合致せず、既に協調は失われていた。
そこで藤木たちも重要と思われる情報は隠し、一覧の評価に従って目当てのアイテムを入手する。
一夜が明け、各人が希望ルートに分かれて出発。
途中にアイテムを隠しているため、ルートを変更しようとする者はおらず、藤木たちも北ルートを選択して第3CPを目指し歩き出した。
男性7人、女性2人の凄惨なゼロサムゲームが始まったのだ。

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以下はネタバレを含みます。ご了承の上、▶をクリックまたはタップしてください。

あらすじ詳細

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第3CPでは、藤木たちは『火星の迷宮』というゲームブック(一種のロールプレイング・ゲーム)を入手した。
本の内容は現在の状況と酷似していた。

ゲームブックのバッドエンドは5つ、ハッピーエンドとトゥルーエンドが1つずつ。
バッドエンドは舞台となる火星の迷路を食屍鬼(グール)に追われて逃げ回り、貪り喰われるパターンが多い。
ハッピーエンドは食屍鬼を回避して財宝を発見して、ヒロインとともに地球に帰還でき、トゥルーエンドは精神科らしい病室で目ざめ、火星の迷宮での体験が現実だったのか妄想だったのか曖昧になるというものだった。

分散した翌日、藤木たちは西ルートを選択した妹尾、船岡と出くわす。
攻撃性の高い武器を持っているせいか、特に巨漢の妹尾は目に見えて豹変しており、船岡を蹴り飛ばし、割の合わない条件で藤木たちからすべての食糧を取り上げた。

第5CPでは、このゲームがゼロサム・ゲームであることを告げられる。
そして、これまで様々な情報を与えてくれたプラティ君は「重大な服務規程違反」により処刑され、ルシファー君が後任となった。
ここで藤木は盗聴・盗撮用と思われるアンテナを発見し、ある恐ろしい目的のため、自分たちが撮影されているのではないかと考える。

一週間ほど経った頃、藤木たちは、痩せこけた割に元気そうな楢本と鶴見を発見する。なぜか安部はいない。
食糧の求め南ルートを選択した彼らは、眼球が異様に突出し、黒目が極端に小さく見え、猛禽類のような風貌になっていた。
プラティ君の助言を思い出し、藍の意見に従って進路を変更。錯綜するルートを辿り、かつて野営した場所に着いたが、自分たちの作ったグラウンド・オーブンに手が加えられていることに気づく。
穴の中にはしゃぶられた人骨と、食べ残された安部の頭部が転がっていた。

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最後のチェックポイントとなる第7CPでは、南ルートの人間が秘匿し、その後も折にふれて入手したビスケットと缶ビールは、甲状腺ホルモンや幻覚剤、向精神薬が混入された非常に危険な代物であったことが明かされる。
最初から楢本と鶴見が食屍鬼の役をあてがわれていたと悟った藤木は、逃げ切るため、ゲーム機の情報と引き換えに、それまで一度も使っていなかった受信機を使うことにした。

各ゲーム機には盗聴器が仕込まれており、受信機から楢本と鶴見、船岡の会話が流れてきた。
船岡は妹尾のあまりの仕打ちに逃げ出し、3人で妹尾を襲撃する計画を立てていたのだった。
悩んだ末、藤木は妹尾には知らせず傍観することに。

翌日、怪我を負った野呂田と遭遇し合流。
加藤は楢本たちに殺されて食糧にされ、自分は致命傷にならない攻撃を受けたという。
野呂田は血の跡を追えば、すぐ手に入る保存食として生かされたという訳である。

藤木が偵察に出ると、受信機がちょうど妹尾が殺害される音声を拾う。
妹尾憎さに楢本たちに与した船岡だったが、妹尾の解体を目の当たりにし、さらに妹尾の生肉を無理やり口に詰め込まれていた。

緊迫した状況下で、勝手に焚き火をする野呂田に不信感が芽生える中、偵察に出た藤木は、偶然受信機が拾った、藍が野呂田を「ゲームマスター」ではないかと詰め寄る会話を耳にする。
ほどなくして、楢本たちの生きた弁当にされた船岡が食われ、いよいよ藤木たち3人が獲物になる時が来た。
必死に逃げる中で、怪我を負った野呂田は自分1人で楢本たちと話し合うと言い出す。
藍が「自分だけ助かる方法を知っているのではないか」と問い詰めるも野呂田はとぼけ、楢本たちに居場所を教えるように大声を出した。
食屍鬼と化した楢本たちに射られて倒れる野呂田を尻目に、藤木たちは駆けだした。

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鶴見との死闘を経て、バングル・バングルから脱出することにした藤木と藍。
偶然アボリジニの男と遭遇し、助かるかに思えたが、救助を呼ばれては困るゲーム主催者により、男性は射殺される。
同時に楢本が追ってきたことを悟った藤木は藍とともに、見晴らしのいい平原から再びバングル・バングル内に逃げ込んだ。

受信機から聞こえてくる楢本の独り言は、精神の均衡を失っているものの、驚くほど正確に速く藤木たちを追跡していた。
ゲームブックでは、この時点でバッドエンドが確定している。
そのうち藤木たちは袋小路に追い込まれる。行く手は最強最悪の毒蛇、タイパンが棲むV字谷。
蛇を出さないための薬品が撒かれた土を身体に塗り、藤木と藍はV字谷に飛び込んだ。
すぐ楢本に追いつかれたが、藤木の機転と偶然の幸運により、楢本は複数のタイパンに執拗に咬みつかれ息絶えた。
谷から脱出する直前、1匹のタイパンが襲いかかり、藤木は藍を突き飛ばして助けるが、自身は左太腿を咬まれ、死を覚悟する。
藍は泣きながら野呂田がゲームマスターであったことを認めた。藍が何者であるか確かめる前に、藤木の意識は途切れた。

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目ざめた時、藤木は自宅に送り届けられ、傍らには500万円の入った封筒が置かれていた。
16日間のオーストラリアでのデス・ゲームは、現実とは思われなかったが、左の太腿にはタイパンの咬傷の痕が残っていた。
藤木は渡された金で探偵を雇い、ゲーム主催者の正体と藍の行方を追う。

藤木たちは薬物で意識と記憶を一時的に失い、ロシアン・マフィアによってコンテナに積み込まれ、能登半島の七尾港からオーストラリアに運ばれたらしかった。
単純な殺人シーンを撮影したスナッフ・ビデオに飽きた客を満足させる、趣向を凝らした映画仕立てのスナッフ・ピクチャーに出演させるために。
藍はより詳細でリアルな映像を撮影するためのカメラマンとして、参加者を装い潜入していたが、ゲーム機が壊れたため、急遽、藤木を勝者にするストーリー展開に切り替えたのだろうと藤木は推測した。
能登半島を廻るタクシーの車内から港を眺めながら、藍の行方に思いを馳せる藤木。
そして『火星の迷宮』のトゥルーエンドが記されて物語は終わる。

感想

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『クリムゾンの迷宮』は、初めて読んだ貴志作品である。
こんなに面白いものを書く人がいたのかと、貪るように読んだ記憶があり、貴志作品の中では今も三指に入る好きな作品でもある。

登場人物の中で、私が最もリアルを感じたのは、第一の犠牲者、安部芙美子だった。
不安な状況で、さらに不安を煽る足りないパーツ(壊れたゲーム機に入っていた情報)にこだわる気持ちは、非常に理解できる。むしろ、さほど問題にしない周囲の方が不自然に感じる。
ただ安部の場合はこだわりすぎの上に、「どうするのよ」と他者を責めるばかりで建設的な意見はまるで出さない。しかも、しつこく藍を仲間外れにしようとしたり、とにかく意地が悪く意味のないことをしたがる。
「現実でもいるよねぇ、こういう人」と苦笑いしながら、「まぁB級パニック映画だと最初に死ぬタイプよね」と思っていたら、やっぱりあっさり殺されて喰われていた。
序盤の噛ませ犬だった訳ね、と頷きつつ、スナッフ・フィルムとしては「事後」しか撮影できなかったのは、主催者側にとっては痛手だっただろうと思った。

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次に、もし自分が組むとしたら誰にしたいか考えた。
安部と、軽薄で自分の損得ばかり考える船岡は論外。
鶴見はコミュニケーションが取りにくそうだし、楢本と妹尾は気が合えば頼りになりそうだが、パワハラ気質のおそれがある。
加藤のワンダーフォーゲルの知識は貴重かもしれないが、51歳で元教師というのが気になった。上からものを言うだけになりそうな気もした。
というわけで、野呂田と藤木、藍が候補に残った。
野呂田は、体力的には分からないが、理性的で穏やかなところがいい。ただ他の参加者が抜き差しならない状況で集められていることから、元・先物取引会社勤務というところが引っかかる。
主人公の藤木も、最初からぜひ組みたい相手かと言うと、正直、あまり組みたくはない。冷静にプロフィールを眺めれば、バブルの恩恵に浮かれて自分の実力と勘違いしてきた中年失業おじさんである。とても信頼できるとは思えない。
対等な立場で協力し合えそうなのは藍だが、それは前提が普通のサバイバルゲームであればの話。それでも共闘できれば心強いが、あっちが男性に乗り換えるかもしれないし、終盤で抜け駆けされる可能性もある。
逆に自分が組みたいと思ってもらえるアピールポイントについても一瞬考えたが、サバイバルにもゼロサムにもてんで向いていないため、考えないことにした。
おそらく正解は「藤木&藍ペアに混ぜてもらう」だろう。

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藤木と藍の組み合わせは、初対面の男女が全裸で21日間のサバイバル生活を送る海外の番組「THE NAKED」を彷彿とさせる。
この番組はディスカバリーチャンネルやYouTubeで観られるほか、地上波「世界まる見え!テレビ特捜部」でも時々取り上げられている。
藤木たちは全裸でもなく、ブッシュ・タッカーのお蔭で飢えに苦しむこともないが、食屍鬼と化した参加者に追われるという、ディンゴが霞むほどの文字通り命の危機に晒される。
自分ならストレスで早々に衰弱死しそうである。

『クリムゾンの迷宮』が世に出た数年後に世界遺産に登録された、バングル・バングルの壮大な自然の中で繰り広げられるデス・ゲームは手に汗握り、一気に読んでしまう面白さだが、様々なブッシュ・タッカーや、トラップ、毒蛇などのプラティ君情報もマニア的な興味をくすぐる。
作品を読む上で支障はないが、自分なら嬉しい用語集も作ってみた。
またRPGやTRPGにはまったく詳しくないし関心もない私としては、ゲームブックが出てきた時には少々腰が引けたが、特に知識がなくても読み進めるのに不都合はない。
他にもプラティ君やルシファー君の言葉の裏を読んだり、不自然な藍の描写や、藤木が引っかかって忘れたことを先回って謎解きをしたり、色々な角度からたっぷりと楽しめる作品である。

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終盤で、タイパンに咬まれた藤木が血清を打たれ、しかも賞金とともにわざわざ日本まで送り届けられるのは作品上、不可欠ではあるが不自然さは否めない。
色々と理由が書かれ、最終的に藤木は「藍が助けてくれたのではないか」と考える。おそらくその通りなのだと思うが、果たして藍にそれだけの力があったのだろうか。
ゲームマスターだった野呂田がさっくり殺されたことからも、カメラマンの藍の安全も保障されているとは言い難い。主催者にとってはどちらも、いざとなれば面白さを優先させる、使い捨ての駒のように見えるのだが。
それとも野呂田は外注で、実は立場は他の参加者と変わらず、藍は現場レベルでは無理が通せる立場だったのだろうか。
自分が主催者であれば、藤木に限らず、参加者は絶対に生きて帰さない。
「蟻の穴から堤も崩れる」と言うではないか。
あれこれと作者の言い訳じみた藤木の推測が語られるが、これほどの規模でゲームを企画し、しかも今後も継続して供給する立場なら、そんな危険は決して冒さない。
ましてタイパンに咬まれ、放っておけば他の死体と一緒に始末するだけの人間に、そんな手間をかけることが、藍の一存で可能とはならないだろう。
代替案は提示できないが、この不自然さだけは残念だった。

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藍といえば、ゲームブックの作者は1985年に刊行された『火星の迷宮』を完成させる前に、同棲していた恋人に去られたと、作中で意味深に書かれていた。
藍はこの恋人だったのかと深読みしそうになったが、1970年生まれの彼女は15歳前になるので違うのだろう。

藤木はせっかく日本に戻っても依然、失業したまま、主催者を追い詰め、藍を見つけることに執念を燃やす。
藤木の努力は具体的には実を結ばない段階で、また特に危険な目にも遭わずに、物語はふんわり終わる。
いずれにせよ、本作は罪のない日本人7名(野呂田を含む)と、無関係なアボリジニが、金持ちの娯楽のために玩具にされて命を失うゲームそのものを描いているので、その辺りはまあよいではないかという気にさせられる。
本編にはそれだけの読後感があった。

藍の正体も行方も不明のままだが、彼女は野呂田との会話で「早く日本に帰って、もっとまともな食事をしたいわ」と言っていた。
もしかしたら、街の道路のこちら側と向こう側とで、藤木と藍が、互いに気がつかないまますれ違う未来もあるのかもしれない。
藤木が再びデス・ゲームに巻き込まれ、組織に肉薄し、藍と再会する続編も読みたい気もするが、きっとトゥルーエンドのほろ苦さのまま終わる方が相応しいのだろう。

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用語集

作中に登場する場所や動物について調べてみました。

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バングル・バングル

本作p78~80に詳細が記載されている、ゲームの舞台。
西オーストラリア州の北部、キンバリー地区にあるパーヌルル国立公園(Purnululu National Park)のこと。アボリジニの言葉で砂岩を意味するバングル・バングル/バンドゥ・バンドゥ(Bungle Bungle)と呼ばれる奇岩があり、2003年にユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録された。
面積は239,723 ha(2,397.23㎢)。作中では「南北に25㎞、東西に30㎞」とある。
元は平坦な砂岩地帯であったが、2,000万年の歳月をかけて浸食されて誕生した。蜂の巣状のカルスト砂岩が100~250メートルの高さまでそびえ立っている。約3憶5千万年前から存在しており、アボリジニによって守られてきた。
独特の横縞模様は、微生物によって変色した黒い粘土層と、鉄分を多く含んだオレンジ色の固い砂岩層が交互に折り重なってできている。
最も近いカナララから250㎞離れており、今でも陸路では舗装されていない道路を50km以上、4WDで走行しないとたどり着けない。12~3月の雨季には道路が遮断されるため、立ち入り禁止となっている。

クリムゾン・フィンチ

全篇を通して登場する、本作を象徴する鳥。
アサヒスズメ属の一種。ブラッドフィンチとも呼ばれる。
体長13㎝、体重10gほど。日本のスズメより少し小さい。
全身が美しい赤い羽毛で覆われ、一般的な黒腹のN.phaetonと、希少な白腹のN.evangerinaeが存在する。
主にオーストラリア北部に分布しており、北西部のキンバリー地域では一般的に見られる。

ブッシュ・タッカー

オーストラリアの先住民族アボリジニに伝統的に利用されてきた同国原産の動植物のことを指す。ブッシュ・フードとも呼ばれる。
1970年代、アボリジニ以外のオーストラリア人の間でブッシュ・タッカーの利用が注目され、1980年代半ばには、シドニーのいくつかのレストランがブッシュ・タッカー食材を利用した本格的な料理を提供するようになる。スパイスとしての一般的な普及も進んだ。
作中に登場する「バオバブの実」「ブッシュ・トマト」「ワイルド・プラム」「ワイルド・ピーチ」などの植物質、「ゴアンナ(大トカゲ)」「ウィチェッティ・グラブ(蛾の幼虫)」などの動物質がある。
画像:Wikipedia

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バンクシアおよびグレビリアの花

第2チェックポイントで出てくる、プラティ君お勧めの食用植物(ブッシュ・タッカー)。

バンクシア

ヤマモガシ科の植物。匍匐性の低木から25mの高さになる高木までさまざまな形があり、オーストラリアでは庭木として人気。
約80種のうち79種がオーストラリアの固有種。
穂状花序(すいじょうかじょ)と呼ばれる、長い花軸に柄のない花が穂状につく特徴的な花は蜜を豊富に生産し、アボリジニに利用されてきた。

グレビリア(グレビレア)

「クモの花(spider flowers)」として知られるヤマモガシ科の低木。約360種のうち、ほとんどがオーストラリア固有種である。
甘い蜜をふんだんに含み、アボリジニに好まれてきた。
園芸用としても人気だが、一部のグレビレア種は有毒なシアン化合物を含む。
画像:Wikipedia

ワイルド・プラム(Buchanania obovata)

オーストラリア北部に自生する、森林地帯に生える中小規模の下層木。ウルシ科。
「グリーン・プラム」「ワイルド・マンゴー」とも呼ばれる。
果実は滑らかで多肉質。レンズ形をしており、長さは1~1.7㎝ほど。伝統的にアボリジニの人々によってブッシュ・フードとして食されてきた。
画像:Daleys Fruit Tree Nursery-green plum

ワイルド・ピーチ(Terminalia carpentariae)

オーストラリア北部原産のフトモモ科の低木、ターミナリア・ハドレヤナの亜種カーペンタリアエ。
砂質土壌や海岸砂丘に生息する野生の桃。
本作によれば、味は「干した桃にそっくり」とのこと。
画像:Tony Rodd-Terminalia hadleyana subsp. carpentariae

グラス・ツリー

作中では「ブラックボーイの木」とも記されている。作中にあるように、差別用語として捉えられ、今は「グラスツリー」と呼ばれている。
オーストラリア原産のススキノキ科ススキノキ属の耐寒性常緑樹。樹上に放射状に伸ばしたボサボサの髪のような長い葉と、山火事(ブッシュファイヤー)などで焼け焦げた黒い木肌が特徴。
1年に1㎝ほどしか成長しない。
画像:遠藤 昭「Alex’s Garden Party」-GardenStory

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グラウンド・オーブン

本作p171~172に詳細が記載されている
「アースオーブン」とも呼ばれる、最も単純で古い調理構造の1つ。「土中焼き」ともいう。
作中のやり方では、土に穴を掘り、薪を置いた上に石を敷きつめ、火をつける。
熱せられた石を取り出し、濡れた草をぎっしりと敷き、食材を置く。
さらにその上から濡れた草をかぶせ、先ほど取り出した石を押し込み、土で覆う。
中の蒸気が逃げるので、途中で開けることはできない。
主に焚き火では火が通りにくい、大型の動物を調理する時に使う。
画像:HONDAキャンプ「クッカーを使わずにキャンプランチを作り隊!」

Ross River Fever

ロスリバーウイルス感染症(ロスリバー熱)。ロスリバーウイルスにより引き起こされる非致死性の発疹性熱性疾患。オーストラリアを中心としたオセアニアで見られる。
蚊によって媒介され、ヒトからヒトへの感染は見られない。
潜伏期間は2~21日間。70~90%が症状を伴わない、もしくは軽度な症状を示す程度だが、症状としては、関節痛、関節腫脹(主に四肢の先端)、倦怠感、筋肉痛、発疹(体幹や四肢)、発熱、頭痛、うつ状態がある。
多くは数週間で回復するが、3カ月以上、まれに1年以上持続する例も見られる。
画像:Academic Accelerator

タイパン

コブラ科タイパン属に分類される蛇。2種の亜種がオーストラリア北部とニューギニア島南部に生息している。
体形は細いが最大全長は3.3mにもなり、コブラ科では、キングコブラ、ブラックマンバに次いで3番目に長くなる種とされる。
体色は淡褐色や暗褐色で、眼は大きく、虹彩は赤い。
オーストラリア北東部のクイーンズランド州ではサトウキビ畑でよく見られ、畑に生息するネズミを餌にしている。
性格は荒く、攻撃も素早い。追いつめられると非常に攻撃的になり、複数回にわたり攻撃する。
毒性は陸生の毒蛇の中ではインランドタイパン(ナイリクタイパン)、イースタンブラウンスネークに次いで第3位。主成分は強力な神経毒であるが、出血毒や溶血毒も含む。毒量も多く、一咬みで注入する毒の量は成人男性10~12人分の致死量とされる。
ちなみに作中では、インランドタイパンは比較的温和とされているが、タイパンと同じく非常に攻撃的で俊敏とする説もある。インランドタイパンの注入する毒の量は最高で成人男性100人分の致死量とされ、毒性も強い。
マムシとの毒性比較では、タイパンは190倍(インランドタイパンは800倍)。1956年に血清が開発されるまで、ほぼすべての咬傷が致命的であった。現代でも、未治療の場合の致死率は100%に近いとされる。
画像:CSIRO, CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=35479331による

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参考:
「世界哺乳類標準和名目録」哺乳類科学 第 58 巻別冊 2018 年 6 月
世界遺産を学ぶ「パーヌルル国立公園」
Tourism Australia「パヌルル国立公園ガイド」
Next Vision Limited-Picture Bird「Neochmia phaeton アサヒスズメ」
【公式】オーストラリア唯一の日本語専門バードウォッチングガイド「クリムゾンフィンチ」
fuguja.com「クリムゾンフィンチ」
Tourism Australia「オーストラリア原産の食材とそれを試す場所」
Taste Australia Bush Food Shop「Quandong」「Kakadu Plum」
世界大百科事典 第2版「ミズネズミ(水鼠)」
精選版 日本国語大辞典「穂状花序」
GardenStory「個性的でカッコいい「グラスツリー」【オージーガーデニングのすすめ】」
かぎけん花図鑑「グラスツリー」
世界の植物紀行–四代目金岡又右衛門-「オーストラリア」調査レポート vol.1!-オーストラリア調査レポート②グラスツリー編」
Academic Accelerator「アースオーブン」
HONDAキャンプ「クッカーを使わずにキャンプランチを作り隊!」
厚生労働省検疫所「ロスリバーウイルス感染症」
NIID 国立感染症研究所「<速報>本邦初報告となるロスリバーウイルス感染症の輸入症例」
NIID 国立感染症研究所「関西空港検疫所で経験したロスリバー熱の相談事例」
Academic Accelerator「ロスリバーウイルス Ross River Virus」
世界の超危険生物「最強の毒蛇の危険度ランキングTOP10」
アウトドア趣味に関する総合情報サイト「世界最強の毒蛇ランキング トップ50」
Wikipedia