個人的な映画・ドラマ日記です。
「ジャンル」は鑑賞媒体によるもの、もしくは独断により分類しました。
「評価」は自分のお気に入り度です。
本記事はネタバレを含んでいます(非表示にしていません)。予めご了承ください。
画像はすべてイメージ画像です。実際の映像とは関係ありません。
作品情報
タイトル:魔法少女山田
監督:寺内 康太郎
脚本:福井 鶴 寺内 康太郎
制作・配信:テレビ東京系列「TXQ FICTION」(シリーズ第3弾)
放送時間:全3回(各23分55秒)
ジャンル:モキュメンタリー,フェイクドキュメンタリー
評価:★4.0/5.0
※出演者は「登場人物」を参照
登場人物
山田 正一郎
2009年当時、41歳。元小学校教諭。
退職後は清掃員として働きながら、魔法少女のコスプレをして授業形式の動画を投稿。紆余曲折を経て幼稚園の事務員として働いていたが、2010年9月に心不全で死去。
貝塚 陽太
20歳。Vlogger。※Vlog(ブイログ:Video Blogの略)の発信者。
「唄うと死ぬ歌」について調べている。
日下部 萌花
19歳。魔法少女アニメを異常に怖がる。
三田 愛子
映画監督。
山田を追うドキュメンタリー映画『魔法少女おじさん』を制作。
日下部 結菜
22歳。萌花の姉。
バラエティ番組「シンパイ刑事」の街頭インタビューがきっかけで番組に妹の悩み解決を依頼。
トム・ブラウン(本人役)
「シンパイ刑事」のレポーターとして日下部宅を訪問。
久野 敏夫
貝塚がかつて通っていた幼稚園の園長。
あらすじ

第1話
何者かが貝塚陽太なる青年とアプリ通話している。聞こえるのは「唄うと死ぬ歌」について調査している貝塚の声だけ。
「唄うと死ぬ歌」は2010年頃からネット上で存在が確認され、2022年以降オカルトブームに乗り、SNSを通じて注目を集めていた。
貝塚はラジオ番組のホラー特集で初めて聴いた筈のその歌を、なぜか知っていたという。
貝塚は、街ゆく人々の悩みや疑問を解決するというコンセプトのバラエティ番組「シンパイ刑事」の「魔法少女のアニメが怖い」という大学生、萌花の出演回を視聴。
萌花に催眠がかけられ、解決をみて番組は終了するが、催眠状態の萌花は「唄うと死ぬ歌」を小さく口ずさんでおり、貝塚は歌を「なぜか覚えている」人が自分の他にもいるとしたら「すごく怖く」なり、調べるようになった。
さらに貝塚は「唄うと死ぬ歌」について考察したサイトから、歌の出処が自主制作映画『魔法少女おじさん』であることを突き止めた。
第2話
三田が2009年頃に自主制作した『魔法少女おじさん』と思しき内容。
魔法少女のコスプレとメイクを施し、ニコニコ生放送で「ヤマダの魔法教室」という授業形式の配信を行っている山田に、三田が密着取材を行う。
山田は熱心な小学校教諭だったが、保護者や周囲の理解が得られず退職。妻とは離婚、今は清掃会社のアルバイトをしており、月の収入は18万円。
いじめを解決したり不登校の生徒宅に通ったりした教師時代の話が語られる。
そのうち山田は魔法少女のコスプレに仮面を被り、2009年3月末から実際に学童など子供たちと接するボランティア活動を始めた。「きらめく魔法の授業」「マジカルレッスン」等と銘打ち、子供たちに勉強を教えたり一緒に遊んだりと一生懸命だったが、現場にいない無力さを思い知らされる。
そして、もう一度教師になるために採用試験を受けるが二次試験で不合格。
失意の山田に、三田は子供たちからの手紙を届け、山田は希望を取り戻したかに見えた。
2010年、DVD『魔法少女おじさん』が発売され、映画祭の部門グランプリを受賞。
2011年1月には山田の追悼上映会が行われ、三田から山田の訃報が伝えられる。さらに完成したという山田が録音した「唄うと死ぬ歌」が流される。
第3話
真相を探る貝塚は三田と接触。最初は及び腰だったが興味を示す三田に、取材の結果を逐一知らせると約束した。
山田の勤務していた幼稚園に通っていた貝塚は、同じクラスだった萌花や元園長を訪れた。
萌花は何も語らなかったが、催眠術をかけられた際に思い出したことがあると言い、「知らない方がいい」と貝塚に伝えて逃げるように家の中に入る。
元園長は家に招き入れ、話を聞いてくれたが、山田の死因に話題が移ると歯切れが悪くなった。途中でカメラが倒れ、揉み合いのような音声が聞こえた直後、貝塚は園長宅を飛び出した。
貝塚はアプリ電話の相手に、山田に関係する動画を入手したと報告。
相手はドキュメンタリー映画として制作し、公開してもよいかと問い、貝塚は了承した。
流れるスタッフクレジットには「魔法少女おじさん~第2章~」という作品タイトルが現れる。その後、幼稚園の防犯カメラのものと思しき映像に、魔法少女の衣装に身を包み、教室に入っていく山田が映し出された。
園児と山田の元気いっぱいな「唄うと死ぬ歌」が聞こえてくる。
徐々に園児たちは歌うのをやめ、山田だけが最後まで歌い上げていた。
視聴情報
『魔法少女山田』は、テレ東が手がける『イシナガキクエを探しています』『飯沼一家に謝罪します』に続く「TXQ FICTIONシリーズ」第3弾。
2026年1月現在、テレ東の配信サイト「ネットもテレ東」、YouTube、U-NEXT、TVerなどで視聴できる。
YouTube視聴回数は第1話114万回、第2話64万回、第3話65万回となっている(260117現在)。
感想・考察

オカルト要素はなし
本作は2025年7月18日(金)〜8月31日(日)に開催された「恐怖心展」に際し放送が決定した。7月14日(月)、21日(月)、28日(月)の24時30分に放送された全3話のモキュメンタリーである。
前作、前々作と異なり、オカルト要素がない。
SNSを中心に「唄うと死ぬ歌」が都市伝説化したという序盤のつかみ以外は、ヒトコワと結論づけて差し支えないと思う(そのつかみ自体が仕込みの可能性すらある)。
「ヒトコワ」とは「人が怖い」を意味する。生きた人間が持つ狂気や悪意、執念や異常心理といったものに焦点を当てたホラージャンルをいう。
本作は「恐怖心展」の公式サイトにある「恐怖心」の説明にある通り、「単なる命の危険や苦痛を伴うものだけでなく、一見して恐怖の対象とは思えないもの」を描いた作品である。
魔法少女について
「魔法少女」とは、魔法などの不思議な力を使ったり、適した姿に変身したりする少女を指す。魔法のアイテムや呪文で、普通の女の子から特別なコスチュームに変身するのが定番。
日本最古の魔法少女は赤塚不二夫の少女漫画『ひみつのアッコちゃん』(1962年)とされ、ジャンル第一作は横山光輝原作、東映動画によりアニメ化された『魔法使いサリー』(1966年)である。※『ひみつのアッコちゃん』は1969年にアニメ化。
魔法少女のジャンル 白抜きボックス/ボーダー色:オレンジ(#F39800)
・王道系(魔女っ子系):1960年代から1980年代。魔法で日常の騒動を解決するコメディ要素が強い。例『魔法使いサリー』『ひみつのアッコちゃん』
・戦闘系(バトルヒロイン系):1990年代から2010年代。変身して敵と戦う要素が強い。例『美少女戦士セーラームーン』
・ダークファンタジー系:2010年代以降。魔法少女になることの過酷な運命や悲劇を描くなど、従来の概念を覆す作品も登場。例『魔法少女まどか☆マギカ』
魔法少女おじさん山田
山田について
2009年当時41歳、元小学校教諭の山田。
礼儀正しく物腰も柔らか。かなりの痩せ型で、ツルッとした中性的な顔立ちをしている。女形系で、似ている芸能人で思い浮かんだのは、かたせ梨乃と木村多江。
きちんと化粧をした魔法少女姿は、まあ見られなくもない。そうは言っても、おじさんかおばさんかの違いなので、存在自体は異形だけれど。
顔がちょっと脂っぽくてお腹も出てきた「いかにも」なおじさんや、身体が大きくてごつく、髭を生やした男性性が強いタイプの俳優を使わなかったのは、制作側のビジュアル的な配慮なのかもしれない。

アルバイトだが月収は18万円、住んでいる部屋も広めの角部屋ワンルームと、生活水準は底辺というわけではない。
玄関を入ってすぐのキッチンのガスコンロは2口ないし3口、作業台も流しも料理するのに十分な余裕あり。冷蔵庫は大きめの2ドア、蛇口には直結型の浄水器が取りつけられ、丁寧な暮らしが窺える。
通路を挟んでキッチンの向かい側が、おそらく水回り。面積的にバス・トイレ別ではないかと思われる。
奥の居室には机とチェアのほか、テレビ、ノートパソコンが並び、食事用のローテーブルと座椅子もある。その後ろ、壁際にホワイトボードが置かれている。
ベッドの布団カバーは変色もなく、ベッド下には引き出し式のケースが収納されていた。
掃除され、不潔感はないのだが、几帳面そうな山田には似つかわしくない程度には散らかっていた。それほど衣装持ちにも見えないのに、服はクローゼットに全部仕舞わず出窓に何枚も吊るされているし、大事な魔法少女の衣装やウィッグも、少々ぞんざいにかけられていた。
そういう生活臭とは違う、どこかだらしない部屋を取り繕いもせず動画に映り込ませ、ビジネスで来ているとはいえ若い女性(=三田)を平気で上げる山田の感覚に、何だかちぐはぐさを感じた。
山田の危うさ

山田は普段の服装も含め、極めて一般的・常識的な中年男性に見える。もちろん小学生に対してよからぬ欲望を抱いている風でもない。
だが、コスプレを置いておいてもなお、山田が話せば話すほど違和感が募る。下から背骨を這い上がる「ぞわっ」とした感覚。
教師時代の「いじめをやめさせた話」「不登校の女の子に通いで勉強を教えた話」は、普通なら美談になる。それが結果的に退職に追い込まれるほどつらい心理状況に置かれるとは?
「夜中に児童宅を訪問…?」と引っかかったものの、ここまでは「まあ運が悪かったのかもね」「教職員全体が事なかれ主義だったのかもね」と思えたが、離婚した妻子の元へ、魔法少女グッズのプレゼントを携えて訪れる姿には首を傾げた。
これさあ、事前に相談も連絡もなし、だよね?
いや娘さん、今いくつよ。魔法少女が好きだったって何年前よ。
それに三田の撮影も、勝手に即答でオッケー出してるし。
そして「(妻子が)引っ越してました」と落ち込みながら歩く山田。たぶんモラハラや虐待があったわけではない。でも、逃げて縁を切りたくなる気持ち、何だか解る。
「娘に喜んでもらえるかな♥」と魔法少女の恰好で、魔法ステッキ振り回しながら裏声で必殺技を叫ぶ父親を見て、喜ぶ娘がいるのだろうか。個人でやるのならお好きにどうぞだが、父親としては存在が気持ち悪いし、少なくともコスプレは「親として娘にしてやれること」ではない。
と、いうか。
本当に妻子は、いたんだろうか…?
山田から発せられる底知れない歪みのようなものを感じ、教師時代の話も何もかも、「山田の主観ではこうだが、実際は違う」ような気がしてきた。
不登校の娘に家庭訪問をしてくれるような熱心な担任に、本来であれば保護者は感謝こそすれクレームを入れたりはしないだろうし、家庭訪問禁止となった理由を「男ですからね私」と受けとっている山田もずれている。
山田の磁場は子供と教育現場が対象らしく、清掃会社の同僚や飲み仲間、つまり山田と同年代の部外者である男性たちは「まあ、あれだね、ちょっと変わった人だよね」的にスルーしていた。
飲み仲間の中西は「先生(=山田)は実は子供が怖い」「怖いと思っているから教育の枠にはめようとしちゃう」と言っていたが、あれはどういう意味だったのだろうか。
本当に怖いのは、汗でまだらになった仮面を被り、フリフリのミニスカートにニーハイ履いたおっさんに追いかけ回されている(たぶん鬼ごっこ)我が子を見た保護者ではないだろうか。
自分が親の立場なら二度と行かせないが、あの子たちはなぜ何度も来てたのかしらん。親が放任主義とも思えないが、よく参加させるな。
というか普通なら公民館も出禁にするだろうに。
教員採用試験
教員採用試験の年齢制限は過去には厳しかったが、現在は約8割の自治体で年齢制限が撤廃されている。山田が受験した2009年には緩和傾向にあり、それまで30代後半〜40代前半が中心だった制限が40代後半〜50歳未満まで引き上げられるケースが多かった。
山田が関東圏住まいと仮定すると、当時(2009年、2010年)の年齢制限は、茨城県、栃木県、群馬県、東京都、神奈川県は39歳以下、千葉県は40歳以下。埼玉県のみ50歳以下、横浜市は年齢制限なしだったため、山田が受験できたのは埼玉県か横浜市ということになる。
作中では「採用試験まで2か月」とあったが、元教諭で勤勉な山田であれば、第一次試験(筆記)合格は不自然というほどではない。だが教員不足が問題視されるようになった状況で、一次を突破した経験者が第二次試験(面接・実技)で不合格とは。
非常勤講師の話も来なかったようなので、面接官が「こいつを現場に戻してはまずい」と感じるよほどの何か、或いは現役時代の勤務態度に山田目線で語られた以上の問題があったと判断されたのだろう。
その後、山田は2010年秋に亡くなるわけだが、年齢制限の面ではまだ受験可能だったにも関わらず、再度の受験はしなかったようだ。
元小学校教諭、ボランティアの対象にしていたのも小学生で、小学校にこだわりがあると思っていたが、幼稚園という「教育の現場」に事務員とはいえ身を置いて満足したのか、満足せざるを得なかったのか。
映画『魔法少女おじさん』
現実の自主制作盤を見たことがないので何ともいえないが、2010年に発売されたという、三田愛子監督の『魔法少女おじさん』はヒットしたとは言い難い。
DVDのパッケージは、表に「マジカルレッスン」(学童保育のボランティア)、裏に「ヤマダの魔法教室」(ニコ生)の写真があしらわれ、それなりに見えるが、DVDは白いレーベル面の上部に「魔法少女おじさん」、下部に「監督 三田愛子」と丸っこい手書き文字が入り、素人臭いことこの上ない。
「アジア・セル・ドキュメンタリー映画祭2010(ACDF)、部門名:視点の扉(The Door of Perspective)グランプリ」とはあるが、貝塚が発見した時には、その半年前にメルカリで\1,100(税込み・送料込み)で叩き売られていた。ネコポス\210を引くと実質\890である。
それでも2011年1月には追悼上映会が行われ、会場には100人程度の客入りがあった。
山田のニコ生視聴数は30ほどで、好意的なコメントが散見したので参加した視聴者もいたかもしれないが、ほとんどは関係者をかき集めたのだろう。
『魔法少女おじさん~第2章~』まで12~13年が経っているので、当時、三田は次作を企画してはいなかったと思われる。山田という素材をなくして、したくてもできないというのが実情だっただろう。
仕掛け人は三田

都市伝説化した「唄うと死ぬ歌」
第3話で貝塚と会った三田は、自身の制作した映画に収録した山田の歌が「唄うと死ぬ歌」として広まっているとは「全く知らなくて」と首を振っていたが、関係者の上に今も一応、現役の映画監督を名乗っている人物が知らないということがあるだろうか。
映画に収録された歌は園児+山田バージョン、追悼上映会で流された歌は山田のみバージョンなので、上映会の出席者は関係ない。
あのDVDを手に入れた人間か、制作関係者が流出させたと判断するのが妥当だが、映画自体は当時も今も話題にもなっていない。
可能性が最も高いのは、三田の仕込みである。
貝塚が行き着いた「唄うと死ぬ歌」の考察サイトには「このようなマイナーな映画の一場面から生まれていたとしたら…。その偶然には、何か引っかかるものがある」とあるが、それが答えを示してはいないか。
偶然ではない、三田が仕込んだのだ。あわよくば歌をバズらせて、映画の第2章を制作するために。
ドキュメンタリー?
そもそも第1章からして、「ドキュメンタリー」とは言い難い。
それまで三田は、一応ありのままの山田を追っているように見えたが、教員採用試験に落ちた山田を訪れた際の一連の撮影は不自然だった。
まず鍵が既に開いているのが変。三田の最初の訪問時、山田は鍵を開けて出迎えたように思うが、山田のかけ忘れだとしても、家主の返事も聞かずに上がり込むものだろうか。そんな関係性には見えないのだが。
ベッドに横になったままの山田に問いかける三田は、どこか焦っているようでもあった。
撮影した映像を使うことを考えたのか、詰問口調や明らかな誘導はしないように気をつけていたが、煮え切らない山田にしびれを切らしたのか、或いは次の仕込みに移るためなのか、山田に「諦めてもいい」と言わせようとする。「辻褄合わなくなっちゃうんで」と、その時点で三田はドキュメンタリーを放棄している。
さらに山田と関わった子供たちからだという手紙を渡す。…うん。手際がよすぎるね?
いつの間に子供たちと個人的に連絡先を交換した?なぜ山田の出方を見る前に先回ったような手紙が出てくる?
さらに山田が開いた便箋は、上部中央にアンティークスタンプ風のフレームに囲まれた「ROYAL TEATIME」の文字、水彩風の動物やハーブがあしらわれた、秋っぽい雑貨屋風デザイン。手紙の幼く歪な文字に対して少々大人っぽすぎる。
文字自体も、見ようによっては利き手ではない方の手で書いたようでもある。
最後は魔法少女の山田を描いたイラストと、「次はどんな魔法を教えてくれますか?」
…いや、あざといわ。低学年からせいぜい中学年の子が、こんな気の利いた言い方する?
大体、山田のイベントは名称こそ「きらめく魔法の授業」「マジカルレッスン」とついていたが、子供たちは誰も魔法だとは思っていない様子だった。ヘンテコな恰好の人が勉強を教えてくれたり、一緒に遊んでくれたり、よく分からないことを言ったりしてる。変だけど嫌な人ではない。そんな感じだった。
そしてカメラは手紙を食い入るように見つめる山田の顔にズームしていき、確実にこぼれる涙を待つように、目元に焦点が当てられる。
小学校の先生をやるような人物に効くものを知っている、大人による演出のように見えた。
第二の被写体

三田の張った網に引っかかった貝塚は、自分の意思で動いているようでいて、実はかなり三田に操られている。
貝塚に求められて協力している体を装い、元園長宅の住所など重要な情報を積極的に与え、貝塚が得たものは吸い上げ、作品にしてもよいという言質もとり、貝塚の顔を晒して責任は押しつける。
自分は労せず「謎の歌の真相=山田の足跡を追う貝塚」の映像を再構成して映画に仕立て上げればよい。
仕込んだ歌は十分にバズっている。映画もきっと話題になるだろう。またグランプリを獲れるかもしれないし、さらにその上が狙えるかもしれない。映画監督としてまた一花咲かせられるかもしれない。
三田は十数年ぶりのチャンスに皮算用をしながら、貝塚の報告を聞いてほくそ笑んだに違いない。
貝塚自身も、萌花の自宅を「シンパイ刑事」に映る道路や家の外観から、Googleマップのストリートビューで調べて突き止めた挙句、ほぼ初対面の相手を夜間に訪問するなど少々非常識な振る舞いが多い。また歌に対する強い執着心、究明したいという自身の欲望を優先させた道徳観念の欠如から、三田は山田に次ぐ第二の逸材を見つけたと小躍りしたのではないだろうか。
貝塚が幼稚園の建物内で撮影をしていた時につけていた仮面は、山田が教員採用試験の不合格後、ニコ生に復活した際につけていたもの。
視聴者からは「かわいくなってるw」などと書き込まれていた、比較的まともに見える仮面で、『魔法少女山田』の各話サムネイルにも使われている。
山田の遺品は三田が保管しているのだから、仮面も当然「顔バレ防止」とでも言いくるめて三田が渡したものだろう。もちろん最後に貝塚の顔を晒しているわけだから、貝塚のためを思っての筈がない。
その方が三田にとって、作品にとって都合がよかったからに過ぎない。
ともあれ故人の肌に触れた仮面を元園児につけさせるとは、まあ悪趣味であることよ。
『魔法少女おじさん』に第3章があるとしたら、サブタイトルは「魔法にかけられた子供たち」になるのかもしれない。
Special Thanks三田一家
第3話の終盤では、第1、2話とは異なるスタッフロールが流れる。
クレジットの「写真・映像提供」には「貝塚陽太」、「制作協力」には「アジア・セル・ドキュメンタリー映画祭2010(ACDF)」とある。最後に明確に表記されているが、つまりこれは『魔法少女おじさん~第2章~』のエンドロールなのだ。
そして「Special Thanks」に名を連ねた10名(山田正一郎を除く)のうち、注目すべきは「三田恵子」「三田隆」の2名である。
製作スタッフはわりと人数がおり、この二人は単に家族として三田に協力しただけかもしれない。
だが全話を観終わると、それはあり得ないのではないかと思えてきた。
貝塚と会った三田(中年女性)と、貝塚が訪問した元園長が、その二人だったのではないだろうか。
二人とも貝塚と話している時、口元に手をやったり、左右の腕を交差させて手で掴んだりと、まったく同じ仕草をしていた。
大雑把に言うと心理的には、口を手で覆うのは嘘や秘密、或いは真実を隠したい時。もしくは言葉に詰まっている時。腕を身体の前で組むのは警戒心や拒否からくる自己防衛とされている。
彼らに貝塚の追求から逃れたい、話を都合の悪い方に持っていかれたくないという気持ちがあったのは明白だが、その他にも正体を知られてはならないという事情もあったのではないか。
第1章を撮影していた頃の三田は何度か映り込んでいたが、どちらかといえば丸顔で細目だったような気がする。対して第2章の三田は、十数年後とはいえ印象がかなり違っていた。
だが基本的には映画監督として名を上げたいのだろうから、替え玉を使う意味は薄い気もする。ドキュメンタリーと銘打っている以上、「女優の姉を使いました」などというのも苦しい。
いや待てよ?貝塚は、アプリ通話している何者かに「三田さんに園長先生の連絡先をもらって会いに行きました」と報告している。相手が三田だと認識しているのなら、そういう言い方にはならない。「もらってから」を略しただけかもしれないが。
貝塚と会ったのが三田本人だったのか他の人間だったのか、断言するほどの情報はなく、推測もできなかった。
「三田隆」については次項で詳しく取り上げる。
元園長の正体

元園長については、映像内で「久野敏夫」と名前が出ていたが、こちらは十中八九、「三田隆」ではないかと考えている。
根拠については後述するが、この方が元園長というのは本当だろう。
自宅には生活感はあるが、田舎のそれなりに地位のあった人には珍しく、ポストにも玄関にも表札はない。ストリートビューですぐに特定されそうな周辺の映像はなく、玄関戸の脇に貼られた、剥がれそうになっている縦長の20㎝ほどの貼り紙にまでモザイク加工がされていたから、かなり気を遣ったものとみられる。
ちなみに未確認だが建物自体は「TXQ FICTIONシリーズ」第1弾『イシナガキクエを探しています』で使われた家と酷似していた。
独居との明言はなく、階段に置かれたドライフラワーらしき飾り物など、女性の家族が同居していることが窺える。2階には玄関を挟むように2つのベランダがあり、それぞれに小物干しが下がっていたので家族は複数いる。
さらに台所にはネスカフェバリスタと思われるコーヒーメーカー、アラジンのトースターが置かれており、年寄りのセンスとは言い難い。対して、出しっぱなしのストーブの上の笛吹ケトルは、パール金属など一般的なステンレスの量産品のようだから、妻と娘がいるとみてよい。
子供のものはなかったので、孫は少なくとも住んでいない。
あの家は三田の実家で、久野は三田の父親ではないだろうか。
そして幼稚園は、三田の実家が営んでいたのではないだろうか。
そうでなければ山田のような人物が、事務員としてでもすんなり雇われる筈がないし、何より魔法少女の恰好など堂々とできる筈もない。
どこまで事情が共有されていたか定かではないが、園長の娘の口利きだから山田は自由に振る舞うことが許されていたのだろう。
三田は幼稚園での山田を使って『魔法少女おじさん』の第2章制作を目論んでいただろうし、三田の家族も三田の映画監督としての活躍を願い協力した。
貝塚に対しても、本人には多くを隠して家族ぐるみで操作していたと推測できる。
廃園になったとはいえ、幼稚園の建物によそ者の貝塚が白昼堂々入り込み、撮影を行っているのも違和感があった。倉庫代わりや地域の集会などで使用されているとは言うが、普通は施錠くらいする。
田舎の無人公民館などは、当番制の係または首長が鍵を保管して、都度貸し出すことが多いが、幼稚園が私立だったなら鍵は当然、元園長が所持している。
三田が父親から鍵を受け取り貝塚に渡したか、予め父親に開錠させておいた可能性は高い。
また元園長宅への訪問に際しても、元園長側から真実は告げずに適当に家探しさせて、防犯カメラ映像の記録媒体を持ち帰らせる算段だったのではないだろうか。
編集していなければカメラが転がってからの時間が短いため、至極分かりやすい場所に置いておき、元園長の誘導もあったかもしれない。揉み合い及びケガは想定外だっただろう。
そういえば元園長宅の玄関前には2台の自動車が停められていた。
手前はトヨタの普通自動車、奥にはピックアップトラックらしき車。調べたらトヨタが北米市場向けに販売している「タコマ」という車種で、日本での正規販売はない。並行輸入された中古車または逆輸入によって入手できる。中古車の平均価格は400万円程度。年式やモデルによっては1000万円以上の場合もある。
玄関外には長靴もあったが、農作業であれば普通は軽トラを使う。少なくとも5人乗りの大型ピックアップトラックは使わない(ちなみにアメリカでは中型扱い)。

もし、そのタコマが三田の愛車だったとしたら?
あの時、貝塚のアポイントメントに合わせて三田も実家で待機していたのではないか。機材を積み込み、もしかしたらスタッフも連れて、貝塚が通された仏間兼居間と廊下を挟んだ左手の部屋で、息を潜めて様子を窺っていたのかもしれない。
あれが『魔法少女山田』の撮影関係者の車で、路上駐車を避けて停められていたのを深読みさせられただけだとしたら、それはそれで面白いのだけれど。
なお台所の月めくりカレンダーは2025年5月、元園長によれば「廃園して12年」とのことなので、2013年の3月には廃園していたことになる。
山田の死から2年半近く経っているが、手続きや在園生のことを考えると、そうすぐにはいかなかったのだろう。
山田は丸め込まれたか?

元より山田は、常識的な一般人の顔の下に危うさを秘めた人物ではあった。
だが園児の前で縊死を図るほど常軌を逸してはいなかった。
どこで三田に見初められたのか明確ではないが、おそらくニコ生で魔法少女おじさんをやっていたことで、視聴者が食いつく素材を探していた三田に目をつけられたのだろう。
若い女性である三田の山田に対する警戒心の薄さから、三田は山田の教え子だった可能性も考えられる。
ともあれ、映像内では自らの意思で動き決定している風の山田だが、三田にべったりとくっつかれ、そうとは分からないうちに三田に誘導され、操られていたのではないだろうか。
これは想像だが、教員採用試験に落ちて無気力だった山田に、もっとも効果的な「教え子からの手紙」を渡し復活を促す。魔法少女おじさんがニコ生で配信しているだけでは起伏に欠けるので、来年度の採用試験の受験も勧めたかもしれない。
「魔法少女おじさんの新たな挑戦」として実家の幼稚園を紹介し、通勤に不便だからと実家が所有するアパートに入らせ(だから遺品も簡単に入手できた)、後はどう料理するか様子を見ていた。
だが山田は三田の思う以上に病んでしまった。
魔法少女の恰好をして園児と戯れるだけでは満足できなくなり、本当の魔法少女として子供たちに魔法をかけたいという妄想に取りつかれるようになった。
三田としては山田の死も含め作品にしたかったが、自身の責任が問われたり実家が巻き込まれたりする事態は避けたかったのだろう。
だから十数年もの間、映像を寝かせて再びドキュメンタリー映画を撮らせてくれる探偵役=貝塚を待っていた。
山田は三田にとって映画の大切な素材であるとともに、そのために三田につけ込まれて人生をさらに狂わせられた被害者でもあるのではないだろうか。
防犯カメラの映像
幼稚園が三田の実家だったという証が、幼稚園の防犯カメラに残っている。
魔法少女の姿になった山田が教室に戻る際、廊下で数人の教諭や園児とすれ違っているのだが、普通に挨拶を交わしている。
山田が教室に入った後は音声だけだが、中の園児たちも驚いたり怖がったりする様子がない。
つまり山田のコスプレは初めてではなく、すでに周囲に認知されていたということ。
園児への影響を危惧する教諭がいても不思議ではないが、園でいちばんの権力者(おそらく地域でもそれなりの地位)である園長の決定では、表立っては逆らえなかったと推測される。
昨今で言う「多様性」を持ち出して説得された可能性も否めない。
さらに防犯カメラの映像をポストクレジットシーンととるか否かで話は分かれるが、前者であれば、あの映像を三田が入手できたこと自体が、三田が幼稚園の関係者であることを示している。
山田の遺品をすべて手にしたことからも、三田は園長の娘、もしくはかなり近しい親族だったと思われる。
本来なら世に出せないこの映像も、貝塚が元園長から奪い、三田に提供したとなれば、三田本人に責任はない。貝塚も「ある人から提供を受けた」と嘘をつき、「ある人」の素性についても口を噤んでいる。そりゃ言うわけにはいかないだろうが、三田にとっては好都合なことこの上ない。
父親が負傷した(可能性がある)のは痛かっただろうが、映画監督としては素晴らしい素材を使えて大満足だっただろう。
残された呪い

全編を通して、一見内容と無関係と思われる景色などが現れる。
自分が気づいただけでも、空、鯉のぼり、電線、キーホルダー、山田の洋服。幼稚園では露骨に部屋の梁とカーテンレールを、貝塚が下から撮影している。
いずれも「飛ぶ」「揺れる」「吊るす」イメージがあり、最初は投身自殺かと考えていたが、園舎が平屋建てなのを見て、「吊る」の方だと思い至った。
第3話の終盤では、段ボールの上に放置された数枚の園児の絵が映る。いずれも魔法少女が空を飛んだり宙に浮いたりしていた。
見えた限りでは特に病的な印象はなく、当時の園児たちは目の前で何が起こったのか、よく解っていなかった可能性が高い。
園はできうる限り早急に廃園となり、事情を知る関係者によって真実を匂わせるものは園に封印され、子供たちの記憶は曖昧なまま、日常に溶け込んでいったものと思われる。
だが完全に忘れたのではなく、貝塚や萌花、貝塚が見つけたライトノベルの投稿者のように、ほぼ無意識のうちに後遺症をもたらされている者も多い筈。
山田の死はある意味虐待であり、長じてあれが何だったのか正確に理解した元園児もいただろう。
職業柄、子供に対して一般人よりも愛情や好意が深いと思われる山田が、なぜよりによって子供たちの目の前で縊死を図ったのか、作中では理由は語られていないし、視聴者が確信するだけの手がかりも残されていないようだった。
強いて挙げるなら飲み仲間の「山田は実は子供が怖い」という言葉から、山田にどのような背景があったかは不明だが、本人も意識していない子供への恐怖や憎悪や嫉妬、または畏怖が存在していたのかもしれないが、だからといって嫌がらせで自殺とも考えにくい。
或いは「教育の現場にいないと何もできない」と身にしみていた山田が、子供たちに何も伝えられない伝わらない不満や絶望が高じて、正攻法を放棄した結果とみることもできる。
もしくはどのような形ででも魔法少女として誰かの、もしくは子供たちの記憶に残りたかった、だから力ずくで止めてくる大人を排除し、子供をショーの観客として選んだとも考えられる。
何にせよICレコーダーに残された「子どもたちに魔法をかけるんだよ」という言葉通り、山田の主観では「キラキラした魔法少女が子供たちにキラキラと魔法をかけた」、客観的には「前々からとち狂った異常者が子供たちに強烈なトラウマを植えつけた」と言える。
少なくとも28名の園児のうち、確実に3名は歌を覚えていてくれた。山田も本望だろう。
第2章の制作

結局『魔法少女おじさん』第2章は製作されたのかというと、「Special Thanks三田一家」で取り上げたように、第3話で流れるスタッフロールから既に完成していることが判る。
では内容は?というと、その直前まで流れていた映像がまさに『魔法少女おじさん~第2章~』なのだ。
それも第1話の最初から、私たち視聴者は『魔法少女おじさん~第2章~』を観させられていた。
最序盤に現れる貝塚と何者かのアプリ通話。5月16日(金)17:55から開始されていることが、パソコン画面にはっきりと示されている。「貝塚さん取材資料」のフォルダを開け、貝塚と内容について話すためだろう。
ご丁寧にツールバーに「Adobe Creative Cloud」のアイコンも見えるから、相手はプロの映像編集者。すなわち三田である。「Photoshop」や「Premiere Pro」などを使用して、貝塚の提供した画像や映像をいじったのだろうか。
そして第3話の終盤でも同じパソコンとアプリ通話の画面が出てきたが、通話時間は50分を超えている。つまり三田はリアルタイムで貝塚と話しているのではなく、貝塚との会話を録音しておき、その流れに合わせるように音声と映像を構成していった。
ラジオ番組「サタデーナイトリッスン」や、バラエティー番組「シンパイ刑事」も三田によって挿入された映像であることは、クレジットに「アーカイブ素材提供」「特別協力」などの項にラジオ局の名前があることからも分かる。
『魔法少女山田』は入れ子構造になっており、常に画面左上に「魔法少女山田」のロゴが入りながらも、流されているのは『魔法少女おじさん~第2章~』だったのだ。
そして第1、2話では普通にラストに、第3話では『魔法少女おじさん~第2章~』を流し終わり、防犯カメラの映像ののち、『魔法少女山田』のスタッフロールが流れていた。
考察まとめ
自分なりの考察を箇条書きにまとめました。
・『魔法少女山田』は、実は『魔法少女おじさん山田~第2章~』
・「唄うと死ぬ歌」は三田の仕込みである可能性がある
・山田の死因は心不全ではなく縊死
・貝塚ら園児たちは山田の自殺の一部始終を目撃させられた
・貝塚は映画制作のため三田に利用された
・三田の家族も制作に協力している
・幼稚園は三田家が営んでいた可能性が高い
・元園長は三田の父親もしくは近しい親族
・本当に怖いのは山田も貝塚も自身のために利用した三田
参照:
「恐怖心展」公式HP https://kyoufushin.com
PR TIMES「恐怖心展」開催に際しTXQ FICTION第3弾「魔法少女山田」放送決定。7月14日(月)、21日(月)、28日(月)の深夜24時30分 3週連続放送
Wikipedia「魔法少女」「魔法少女アニメ」「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ」「魔法少女まどか☆マギカ」
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