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作品情報
タイトル:虜囚の犬
著者:櫛木理宇
出版社:角川書店(角川ホラー文庫)
発行:2023年3月
初刊:2020年7月(角川書店)
ジャンル:サスペンス,サイコサスペンス,サイコミステリー,イヤミス,犯罪小説
個人的評価:2.5
主な登場人物
白石 洛(しらいし らく)
元・家裁調査官。現在は妹と同居して専業主夫をしている。
白石 果子(しらいし かこ)
白石の年子の妹。外資系医療機器メーカー勤務。
和井田 瑛一郎(わいだ えいいちろう)
茨城県警捜査一課・巡査部長。白石の高校時代からの友人。
薩摩治郎が殺害された事件で白石に話を聞きに来る。
薩摩 治郎(さつま じろう)
24歳。7年前、家裁で白石が担当した。何者かに殺害される。
死後、自宅の離れで女性を監禁・虐待していたことが発覚。
薩摩 伊知郎(さつま いちろう)
祖父ほど年の離れた治郎の父。4年前、自宅で事故死。
資産家の生まれで、誰に対しても高圧的な態度ともの言いで支配的。
薩摩 志津(さつま しづ)
治郎の母。伊知郎の3番目の妻。
7年前、白石の目には「典型的な被虐待女性」と映った。
治郎の死後、何者かに拉致されて行方不明となる。
大須賀 光男(おおすが みつお)
代々の土地持ちだったが、25年前、伊知郎に土地家屋を奪われ出奔。
大須賀 弘(おおすが ひろし)
光男の長男。
大須賀 礼美(おおすが れいみ)
光男の次女。
三橋 未尋(みはし みひろ)
15歳(中学3年生)。中性的な美少年。
異父弟の睦月(むつき)を嫌い、就寝後に帰宅するため街を徘徊する中で海斗と出会う。
三橋 亜寿沙(みはし あずさ)
未尋と睦月の母。未婚で2人を産んだ。
美容院を手広く経営している「稼げるシンママ」。
森屋(もりや)
睦月のベビーシッター兼家政婦。やせ型で物腰の柔らかい初老の女性。
未尋からも慕われ、三橋家に住み込む。
國広 海斗(くにひろ かいと)
14歳(中学3年生)。成績優秀だが寡黙で学内に友人はいない。
6歳で実母を亡くし、現在は実父、継母と暮らしている。
継母とは折り合いが悪く週5日は外で夕飯を摂る。
稲葉 千夏(いなば ちなつ)
18歳。失踪当時は群馬県の実家から家出した高校3年生。
治郎の死後、発覚した『茨城飼育事件』の被害者。
北畠 彩香(きたはた あやか)
26歳。失踪当時は千葉県在住の専業主婦。
治郎の死後、発覚した『茨城飼育事件』の被害者。
伊藤 竜一(いとう りゅういち)
元はキャバレーのバーテンダー。暴走族上がりで逮捕歴や前科がある。
大須賀光男の妻と駆け落ちしたとされている。
内容紹介

元・家裁調査官の白石の元を友人で刑事でもある和井田が訪れる。白石がかつて担当した少年、薩摩治郎が安ホテルで他殺体となって発見されたという。
だが警察が薩摩家を訪ねたところ、治郎が女性たちを監禁・虐待していたことが発覚。さらに被害者の遺体の肉をドッグフードに混ぜて他の被害者に与えていた。
7年前に治郎を担当した白石は「ぼくは、犬だ」と繰り返していた少年時代の彼を思い出し、逡巡しつつも調査を開始。
薩摩家は地元でも指折りの資産家だったが、治郎は父・伊知郎に抑圧されて育ち、高校も中退。母・志津も伊知郎に虐待されていることを当時の面談で白石は気がついていた。
薩摩家を調べていくと、金には困っていない筈の伊知郎が25年前、土地持ちの大須賀家に目をつけ、相続のごたごたに乗じて土地家屋を騙し取っていたことも判明。
大須賀一家は借家に転居後、光男の母は認知症を発症、妻はチンピラと駆け落ち。挙句、他家を巻き込む大火事を出して光男と3人の子供たちは姿を消したという。
一方、中学3年生の海斗は継母から虐待を受けて育ち、夜の街で同学年の美しい少年・未尋と出会い意気投合する。
未尋は裕福な母子家庭生まれ。母との関係は悪くなく、弟の世話をする森屋にも好感情を抱いていたが、弟には攻撃的なまでの悪感情を持っていた。
そのうちに海斗は、三橋家を見張る男の存在に気がつく。
治郎の死後、志津は何者かに拉致され行方不明に。
白石と和井田は関係者を洗い出すうちに、伊知郎の愛人と思われる“アズサ”という女の存在に行き当たり、さらに大須賀光男の長男・弘のその後を知ることになる。
だが大須賀家の妻と次女の行方はつかめないままだった。
多彩な登場人物が織りなす複雑な人間関係、交差する時間軸。
単純な怨恨殺人かと思われた刺殺事件に端を発した全貌を、白石が明らかにする。
感想

被害者が加害者になる
櫛木作品には、かつての被害者が加害者となるパターンが多い。
それも危害を加えた本人への復讐ではなく無関係の、しかも弱い立場の者、過去の自分と同じような者を徹底的にいたぶるのである。
自分は「目には目を」肯定派ではあるが、何の恨みもない他人を巻き込んだり、あまつさえターゲットに選んだりといったことは許せない。
過去に虐めに遭っていた者が、時と場所を変えて虐めの加害者(「いじめっ子」という呼称は生ぬるすぎて好きではない)になったり、といったのにも嫌悪感しかない。
だから当然、櫛木作品も読んでいてスカッとはしない。
理解も納得もできないし、爽快感もないけれど、だからこそ興味深く惹かれるのかもしれない。

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本作の黒幕、志津は唯一の親友“梓”と似た女性たちをなぶり殺しにしたが、その理由が「レプリカが生きていいわけがない」というものだった。
否定はしないが理解はできない。
「似ているという理由だけで殺されるなんて理不尽」なのはもちろんだが、それよりも「なぜあれほど追いつめて残忍に殺す必要があったのか」という疑問の方が強い。それが櫛木作品の売りだからと言ってしまえばそうなのだけれども。
レプリカだからこそ手元に置いて愛でたくはならないのだろうか。
自分は今でも死んだ愛猫と同じ毛色の子には愛着をおぼえる。いつかは同じ性別、毛色、同じ境遇の猫を迎えて、愛した猫への心残りを晴らしたい。その過程で「やっぱり前の子とは別の猫」と思い知らされるかもしれないし、一時的に愛情が薄れることもあるかもしれない。
愛情は執着でもある。
志津の性質であれば、大切に扱ったところでレプリカがオリジナルとは違うことを見せつけられた時点であっさり殺し、次のアズサを探しにかかりそうだが、「レプリカを拷問して殺す」ありきなのは、どうしても解らない。
「梓のいない世界で生きている意味などない」と無気力なことを言いながら、積極的に精力的に動き回ってターゲットを探しては、時に家族もろともどん底に落とす。
伊知郎の殺害動機についても「わたしを“かわいそう”にしてくれない」からだと語っていたが、それなら他人を不幸にする前に、暴力男(女も可)にでも殴り殺してもらえばよかったのに。
志津は外来種であるセイタカアワダチソウのような女だと思う。
ありふれた雑草の一種を装いつつ、気がつけば見上げるほどの高さとなって見る者に威圧感と恐怖を与える。獰猛なほどの高い繁殖力を持ち、根から周囲の植物の成長を抑制する化学物質を出す(=アレロパシー)。
セイタカアワダチソウは自身のアレロパシーにより、自身の種子に対する強い発芽障害を起こすが、そんなところも治郎を無感情に切り捨てた志津に似ている。
だが土壌によっては在来種のススキなどに敗北することもあり、今回は白石らススキ組に駆逐されてひと安心といったところか。
実際のセイタカアワダチソウだが、花はハーブティ、新芽は天ぷらやお浸しとして食べられる。花から採れるハチミツは「カナディアンゴールデンロッド」と呼ばれ、日本人向けの香りではないがカナダの名産として知られる。そこは社会に害しか与えない志津とは違う。
スーパー専業主夫

本作の隠れた目玉といっても差し支えないと個人的には思っているが、白石の作る料理を始めグルメが随所に登場する。
櫛木理宇自身が料理好きなのかおいしいもの好きなのか。それとも「グルメには読者がよく食いつく」という戦略なのかと想像しつつ、「これ今度作ってみよう」と櫛木作品にしては珍しく楽しく読み進めた。
まあ、ウェットタイプのドッグフードと対比してみたらちょっと吐き気もするけれど。
ポトフに使う牛肉はいつもすね肉だったが、今度は牛すじを使ってみるつもり。
それにしても白石の専業主夫ぶりはすごい。
いくら「家人に残さず食べてもらう食事」を達成感のために目標としているといっても、自らは食べない身内の朝食に2種類の卵サンドを作る主婦(夫)が果たしてどれほどいるだろうか。
自分は「作ってもらったものは残さず食え」が当然なので、それがモチベーション維持に繋がるのも驚きだった。
料理以外にも掃除、洗濯、ご近所づきあいにベランダ菜園とスーパー主夫ぶりは留まることを知らない。悪いが鬱で退職からのVの字回復が桁外れで引く。
さらに自分の体形維持にまで気を配り、ジム並みの運動を家で自主的にこなすところまでくると、もはや胡散臭い。
きっと仕事もできる人だったのだろうと思っていたら、大学院に入り臨床心理士の資格を取得したとあり、やはり優秀な人はただでは起きないと苦笑した。

あの主夫っぷりは相方には絶対に見せられん!と震えた

読みながら「いや最近のフードは結構いけるけど…」とか言ってるのを横で聞いてたこっちこそ震えたけどね?

そそそそれは!今どきのウェットフードは贅沢志向だから、塩が足りない以外はわりといけるのホントだし!
だからこんな粗雑なフード売ってるのかなとか!
それに小型犬サイズだから、ヒトに与えるなら最低でも3~4缶は必要だろうし不経済だよなとか!

………
評価は分かれるかも
自分でも思いがけない低評価になってしまったが、決して「小説として低レベル」だとか「筆力が足りていない」だとかいうことではない。もちろん櫛木作品なので「胸糞すぎた」という何を今さらな観点からでもない。
記事を書くにあたり何度も手にとったが普通に面白い。でも手放しで称賛する気になれない。
個人的なマイナスポイントは以下の三点。
- 「洗脳」という手法に頼りすぎ感
- 定着していない新語やカタカナ語の多用
- 終盤の薄さと説明臭さ
「またか」「ああそれね」感
櫛木作品では「洗脳」がよく用いられる。かつての被害者が凄まじい加害者となり、洗脳した人間を手駒として使うという一種の「型」となっている。
既刊『浸蝕』『殺人依存症』などがそのパターンで、本作でも使われている。
『浸蝕』では目をつけた家に入り込み、睡眠不足や暴力で家人を対立させ支配する。『殺人依存症』では元々“素質”のある者たちが凶暴性を増幅させられる。いずれも現実的かどうかはさておき、丁寧に筆を割き説得力があった。
だが本作では洗脳の過程はほぼ描かれず、素人目にも洗脳する状況が整ってもいないので、個人的にはかなり無理やり感があった。「洗脳」という便利な手法を雑に使っただけという印象が強い。
洗脳のざっくりした条件として「心理的な孤立」「社会との隔絶」「脆く不安定な精神状況」の3点が挙げられると思う。すべてを満たしていなくとも、ある程度の洗脳は可能だろう。
だが本作のような、多少なりとも理性が残る人間であれば躊躇うほどの犯罪を行わせる強力な洗脳は、「細く長く飼い続ける」程度では無理なのではないかと訝しんだ時点で、作品への熱が引いてしまった。
さらに既刊を読んだ身からすると「ああ、洗脳パターンね」となってしまい、本作は損な役回りだったが、既刊を覆す魅力は見いだせず、不自然さが鼻につく結果になった。
治郎たちはともかく、未尋には治郎にとっての伊知郎のような存在はいなかった筈だが、どこで「馬鹿ガキ」という単語を身につけたのか。終盤の豹変ぶりも解せないし「状況が似ている事件に興味を持った洗脳者の影響を受けただけ」という説明では少々不満が残る。
新語やカタカナ語の多用

一部の読者に分からない言葉は何が何でも避けるべきだとは思わないが、個人的には浸透していない定義やカタカナ語、或いはルビなしや必要性のないスラングを作家が安易に使うのには否定的である。
本作ではスマホは「スマートフォン」と表記され、「コテハン」は初出時には「固定ハンドル」のルビに使われ、言葉や字面が大切にしてある印象だったが、時々「ん?」と突っかかる単語が多かった。
自分が不勉強なだけ、流行に疎いだけかもしれないが、「串を刺す」など一般には馴染みのなさそうなITスラング、「白人系ダブル」など定着・固定化していない呼称にはかなり抵抗があった。
特に「ダブル」はいわゆる「ハーフ」を指す日本での呼称で、ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)の観点から「ハーフ」の「半分」「半人前」という否定的な意味合いを避けて使われることが増えた。現在のマスメディアでは「ハーフ」は「混血児」「合いの子」とともに差別用語として、当事者が自称する以外は使用を避けることになっているらしいが、「ダブル」を即座に理解する人はそう多くはなく、当事者の中にも困惑が広がっていると聞く。
歴史的な差別を内包する繊細な問題でもあり、発展途上の新しい呼称に飛びつくのはいかがなものだろうかと感じた。
しかも「ハーフ」も「ダブル」も和製英語であり、海外の価値観を取り入れがちなポリコレ的には疑問も残る。なお海外では主に「ミックス」「ミックスルーツ」と表現され、日本でも使われるようになってきている。
日本では犬猫の雑種を「ミックス」とも表現するので、人間の呼称としては定着しづらいのかもしれないが、皮肉にも本作は全篇を通して「犬」が重要なキーワードになっている。
それなら「ミックス」とあえて表記するのが相応しいのではないだろうか。ただ容姿のコンプレックスから解放されたと思っている未尋の台詞なので「ダブル」と誇らしげに言わせるのも正解のような気もする。
個人的には悪い意味でのポリコレは嫌いだし、例えば「夫・妻」「旦那様・奥様」がダメなら、それに見合う分かりやすい呼称をさっさと定義してほしいと思う。
「ダブル」に関しても一般的に通用する呼称が定まっていない現状では、LGBTQと同じく相対する場合は個々の当事者の希望に沿うが、「ハーフ」という言葉の響きは美しいので、もう「ハーフ&ハーフ」の略でよくないか?とは思っている。
蛇足ながら「ショートスリーパー」など長いカタカナ語は、「短眠者」「短時間睡眠者」と言い換える方が分かりにくいので仕方ないが、縦書きには不向きだなと読みながら感じた。「Amazon」など全角英数も然り。
ちなみに「ダブル」には気を遣うのに、ルッキズムには配慮しないのが何となくアンバランスに感じられた。
白石は遠慮なくイケメンに設定、その容姿のお陰で主夫業も非公式な聞き込みも順風満帆。
洗脳と同じく白石の端正な顔がなければ事件は解決しなかっただろうと思われるので、必要な設定なのだろうけれども「美男美女とそれ以外」という図式は、あからさまで少々引いた。「それ以外」に属する身の嫉妬または自分は安全圏にいられないだろうという一種の不安かもしれない。

最近は何でもかんでも規制されたり、自治厨とか繊細厨とか?窮屈で厄介になったねぇ

「まず言葉や呼称から差別をなくしていく」というのも悪いとは思わないけど、根本的な解決にはほど遠い場合が多いのも本末転倒感があるわ

正直ひと言でいうと「めんどくせぇ…」
終盤の失速

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中盤から2つの時間軸が並列して描かれ、最終的に交差する形となるが、これがレビューなどで言われるどんでん返しと見て差し支えないのだろうか。と不安になるくらいあっさりとして驚きはあまりなかった。
海斗と未尋の物語はそれなりに面白かったが、未尋が豹変する様子には違和感しかなく、薩摩家とは様相があまりにも異なっている。
作中に理由は書かれていたが必然性が感じられず、意図がよく分からないというか得心できず、作者との乖離に自分の読解力を疑うほどだった。
加えて終盤の志津に関する話が、ほぼ白石の語りとエピローグだけで済まされ、説明臭いわりに象徴的で薄っぺらく感じられたのもマイナスポイントとなった。
エピローグに至っては想定内すぎて「まあそうでしょうね」という感想しか出てこなかった。
すべてを詳らかにしなければならないという法はないが、個人的には海斗&未尋の挿話よりも少女時代の志津のことを知りたかったと思う。
海斗にしても、志津が逮捕された後の様子は書かれていない。
未尋主導とはいえ両親にあそこまでしたからには、家庭環境や家族関係の改善は絶望的なのではないか。まだ中学生、受験生だというのに大丈夫なのだろうかと気になった。
白石と紺野、和井田と果子の現在までちゃんと書いてくれているのだから、海斗の現状もというのは欲張りだろうか。

「えっ…これがどんでん返し…でいいんだよね…?」とか言ってるの笑った

だって意外性がなくてホントにこれで合ってるか心配になったんだもん

作者の意図的には美少年たちは必須だったんだろうけどね
まとめ

他の櫛木作品と同じく読み応えもあり、魅力的な作品だったが、やはり同パターンの作品に比べると行き届かなさが感じられてしまった。あのレベルでも他作品よりは残虐性が低めで、僭越ながら「これぞ櫛木理宇」と称賛するにはほど遠いように思う。
ただ本作に対しての読者の評価は「櫛木作品をどの順で読んだか」によっても変わってくるのではないだろうか。
あくまで個人的な評価である上に、他人にお勧めできないわけでもない。
本作を大絶賛する読者も少なからずいる筈なので、このジャンルに興味のある人は一読しても損はないと思う。
文庫のサブタイトルには「元家裁調査官・白石洛」とあったので、シリーズ化されるのかもしれないが、本作では主人公の白石を始め、主人公側の登場人物にあまり魅力を感じなかったので、続編が出たとしても読むかどうかは迷うところ。
まあ結局、予約を入れそうな気はするけれど。

低評価のわりに何度も読み直してて草

わざとネットスラング使って煽るのやめなさい
追記
本文を書き終えてから巻末の解説に目を通したら、2019年から2020年にかけて《カドブンノベル》等に連載されていた当時、何度も月間読者数第1位に選ばれ、連載満足度アンケートでは98%という驚異の数字を叩き出した人気作だったという。
…ごめん。酷評したけど見る目がないのは自分の方だったかも。
さらに単行本の文庫化にあたりサブタイトルが新たにつけられ、終盤が改稿されたとのこと。
「単行本版では事件解明のくだりで新たな人物名がいっぺんに言及されたので、その部分が修正された」のだそうで。
単行本は未読なので比較はできないが、駆け足&説明臭いと感じたのは改稿のせいだったのかもしれない。でも分かりやすくはあったので改善だとは思う。

ところで櫛木作品でいちばん好きなのは何?

全部は読んでないけど『鳥越恭一郎』シリーズかなぁ…『残酷依存症』や『世界が赫に染まる日に』もよかったし『虎を追う』も読み応えあった

あ、『鵜頭川村事件』は映画より本の方が個人的にはオススメ

