個人的な映画・ドラマ日記です。
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感想

出演者が超豪華
2015年の作品とはいえ、出演者とその使い方がびっくりするほど贅沢だった。
すでに主役級で活躍中の俳優を何人も脇役に据えた挙句、ちょい役にもウォーリーのように著名人が出演。設楽木が参加したイベントの司会はブラザートムだし、一瞬モニターに出るだけのCM美女は何と菜々緒。
野間口さんの出番は少し長め&2回だったけど、スタッフロールでは名前もつかない「ハローワークの職員」。
コヒィ(のりまき家での小日向文世の愛称)も、わりと重要とはいえターゲットの1人。
でも、のりまきの永遠のアイドル(?)本田さんが少しでも見られたのは僥倖。昭和の成金チックなサングラス姿にもホクホクだった。

ヒョロを演じたのは意外にも日本人の俳優さんなんだね?

ご本人のプロフィールはヒョロのイメージと全然違って、東京都出身で東京外国語大学卒

ピアノの発表会でスカウトされ、この『予告犯』がデビュー作なんだって
ターゲットはとばっちり

頭に新聞紙をすっぽり被ったインパクトのある見た目と過激な制裁から、序盤のつかみはOK。
ターゲットになるのもバイトテロ、SNS炎上などいかにも今風。細かいことだが、3件目の食品会社は食中毒ではなく食品偽装の方がそれっぽかったかも。
ターゲットがそれぞれに愚かで卑劣であるのは間違いないが、そこまで制裁する必要があったかどうか。個人的には疑問に感じる。
1件目のバイト高校生は顔出しで炎上、2件目の大学生は就職の内定が取り消されている。そこをさらにえげつなく制裁することはないだろう。
4件目の採用希望者を馬鹿にした会社員は、身分を暴露する程度でも元の会社には居づらくなるだろうし、再就職するにもまともな会社なら採用はしない。十分に制裁になると思われるが。
唯一5件目の議員の暴露は理解できる。ターゲットがやらかしたことと制裁が釣り合っていると思ったが、他は観ていてあまりいい気分はしなかった。
何より第三者の立場から無責任に面白半分に、被害者となったターゲットたちに「お前は加害者なのだから何をしてもいい」とばかりに石を投げつけるネットユーザーが気持ち悪い。それが正義感からだったとしても「それは正当な正義とは言えない」「裁くのは断じるのはお前たちではない」という思いが拭えない。

それにしても数限りなく先例があるのに、あの手の炎上なくならないね

ホント不思議でならないよ…
IT会社のいじめ

制裁のエキセントリックさはエンタテインメントの面からは必要な要素だろうとスルーしたが、ゲイツが勤務するIT会社でのいじめは正視に堪えなかった。
大好きな俳優、滝藤賢一がゲス社長をまた嫌らしさ満点に好演しており、危うく滝藤自身を大嫌いになるところだった。
誰かをスケープゴートにして徹底的に追い込み、社内の結束を高めガス抜きをするという汚いやり方だ。ゲイツの退職後、新たなターゲットになった社員は、社長に追随していたうちの1人。惨めな姿にはまったく同情できない。
この社長は生贄がいなくなったら次、また次と生贄を求める。いつか自分が生贄にされると、どうして理解できないのか。ゲイツを助けろとは言わないが、頭が悪い連中だなと思う。
かつては一緒にゲイツを笑っていた同僚が、外で灰皿スタンドを掃除させられているのを見て見ぬふり、「(ゲイツを)覚えてないよなあ?」と振る社長に「はーい。覚えてませーん」と答える女性社員の薄笑いには吐き気がした。
ただ、ゲイツが気に入らなかったのではなく、常に最も弱い立場の人間をスケープゴートにしているのなら、ゲイツが普通に在籍していた間はどうなっていたのだろうと疑問を感じた。
ゲイツもまた、いじめ抜かれる同僚をみなと笑い、同調していたのだろうか。
たまたま期限の来る派遣(=ゲイツ)を切りたくていじめたら癖になったというところか。
ちなみに滝藤演じる社長・栗原は、原作では「堀井」という名前で、株式会社ライブドアの元社長・堀江貴文氏に酷似した風貌をしているらしい。
ご本人はX(旧Twitter)で不快感を示されており、実写化にあたり改変したのかもしれない。

LINEグループみたいなの使って、ターゲット以外でにやにやしてるのが超リアルで寒気がしたわー

何度も中断して何日かかけて、漢方薬飲む前みたいな顔して観てたね…
就職氷河期

一般的にバブル経済が崩壊した後の1993年(平成5年)から2005年(平成17年)頃まで、新卒学生が深刻な就職難に直面した時期を就職氷河期と呼ぶ。
就職率は1995年(平成7年)に初の60%台に下落し、過去最低は2003年(55.1%)。
内閣府は1974年(昭和49年)から1983年(昭和58年)に生まれた者を就職氷河期世代と定義している。
媒体により定義年が異なるが、高卒者であれば1975年(昭和50年)から1985年(昭和60年)、大卒者であれば1970年(昭和45年)から1980年(昭和55年)に生まれた者とされている。
地方によっても違いは出るだろうが、1982年(昭和57年)生まれのゲイツは確実に氷河期世代に入る。高校卒業時には2000年前後。氷河期の真っただ中である。
作中に語られたところでは、ゲイツが中学生の頃に両親が離婚。引きとられた母親からはネグレクトされ給食費の支払いも滞っていた。健康保険に未加入だったことからも、とても大学に進学できる経済状況だったとは思えない。
時代に恵まれない中で学歴もなく後ろ盾もなく、どれほど正社員という立場を欲したことだろうか。
シンブンシの他の3人については年齢不明だが、見た目、ゲイツと同世代と思われる。
氷河期以前であれば、夢追い人をやめても何とかなった。
だが氷河期は、それまでの当たり前が当たり前ではなくなった非情な期間である。「一度レールから外れた」どころか「レールに乗ることすらできない」。そして救済措置はなく、永遠に這い上がれない人生を送ることになる。
一方、26歳の吉野は1987年または1988年生まれ。
雪解けた時代に持ち前の優秀さで、若くしてのし上がった彼女が、何を言おうと響かない。幼少時のいじめに屈せず頑張ったことは称賛に値するが、「頑張る場所さえ与えられない」者の気持ちは、彼女には絶対に理解できないだろう。本気なのは伝わるが、所詮「エリートの戯言、理想論」と感じる。
自称“氷河期世代”

以前、何かの拍子に氷河期世代を名乗るSNSのアカウントを見かけたことがある。
30代半ば前あたりの女性だったが「自分たち、あの大変な時代に頑張ったよね!」などと仲間うちで自画自賛していた。
「んん?35歳だとしても1990年生まれだよね?氷河期世代じゃなくね?」と首を傾げた。
プロフィールは思い出しながらなので確かではないが、大卒で同年代の夫と2人の子供。首都圏住み。新卒から入った会社でやりがいのある仕事に恵まれ順調にキャリアを積み、子育ても現在進行形で頑張っている。数年前に家も購入したとのこと。
………。
……。
…40代半ばの間違いじゃないの? 30代ならちょい上澄みデフォルトじゃん?
頑張りを否定する気はないが、単に当たり前の努力をして人生を積み上げたというだけなのでは?そして彼女たちは幸いにも、個々の努力が報われ、人として当然の暮らしができる時代に社会人になれたというだけだ。
えぇ…どこが氷河期世代だよ。本物に謝れよ。
いや実際の氷河期世代の中で成功した人が自己責任論を持ち出して、未だに非正規雇用の同世代にマウントを仕掛けるのも好きではないが。
氷河期の年代を勘違いしているのかもしれないが、都合よく氷河期を持ち出して、自分の努力をさも特別なものであるかのように誇り、サバイバーを気どるエセ氷河期世代も嫌だな、と思ったできごとだった。

もちろん共働きで子育ては大変だろうし、恵まれてるばっかりじゃないのは解るんだけど、氷河期とはちと違うだろうと…

自分たちが氷河期世代だって確信する何かがあったんかね?
切ない友情の物語

シンブンシの正体は早々に判明しつつも、本当の目的は最終盤まで明かされない。
だがゲイツは予告動画で、最初から「俺は自分のためにやっているわけじゃない」と言っていた。ネットユーザーのためかと思われるが、そんな曖昧な存在のために動くわけがなかった。そうでなければ、ただの制裁厨か承認欲求の塊かドS変態かの暴走になってしまい、バイトテロと何ら変わりなくなる。
選ばれたターゲットはとんだとばっちりで、ある意味気の毒だが。
「誰も拾わないお前らの声を俺が拾って表に突きだそうって話だ」と語っていたが、本当に拾い上げたかったのは、拾ってほしかったのは自分たちの声ではなかったか。
「人間は自尊心がなければ生きていけない」
「この世で最も憎んでいるのはお前たちから自尊心を奪おうとする何かだ」
正社員登用という首輪をつけられて、利用され踏み潰されたゲイツの言葉は痛々しい。
ただ、あれだけのいじめを受けた古巣の社長に何も仕返しをしなかったことだけは不思議でならない。
ヒョロのためという目的以外に、個人的感情を差し挟まなかったゲイツには感心するが、自分なら関係性がバレないように暴露の仕方や制裁の順は考えるとしても、真っ先にターゲットに選ぶ。
まあ、えげつない制裁を加えられる滝藤の演技が見たかったというのもある。
浜辺でシンブンシのメンバーがはしゃぐ最後のシーンには、少しだけ救われた。
並べられたお寿司は、握りより巻き寿司の方が圧倒的に多かったけれども。笑
氷河期世代に焦点をあてた社会派サスペンスと見せかけて、『予告犯』は切ない友情と尊厳の物語だったのだと思う。
ヒョロの遺体にショベルを投げつけられたからといって、やり過ごせばよかったのだ。
底辺から這い上がりたければ、這い上がれる確約などないけれども、賢く我慢するしかない。だが少なくとも死んだ他人のために動いてしまった彼らは、間違ってはいたけれど、仲間の尊厳を守ったようで、自分たちの尊厳も守った気がする。
そして偶然、顔を合わせただけのゲイツを庇った青山も、庇うことで自身の尊厳を守ったのだと思う。
取り調べ中、吉野に対して青山が放った「大きなことじゃなくても動くんです、人は」「それが誰かのためになると思えば」という言葉は、静かだけれど自尊心が詰まっているように感じられる。
これから

現実の氷河期世代に対しては、何だか歯切れの悪い政策が打ち出されてはいるようだが、好転しているようには見えない。
経済的な理由で子供たちが教育を受けられないのも問題だが、高校無償化や一時的な給付金のばらまきの前に、使うべきお金と手間があるのではないか。
もう歳を食った派遣でしかない社会のお荷物は邪魔だから、人生を奪われたまま朽ち果てろと言っているように感じる。
自分には社会を動かす力はないので、力のある人にお任せするほかないが、せめて自分の作り上げた、自分の努力が報われるささやかな世界を守っていきたい。
そして今は減量で自粛している寿司を、近い将来お腹いっぱい食べて、不幸になることなく不幸な存在を目にすることなく、でっかいことはできなくとも、笑って普通の人生を送りたいと願っている。