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秋田/Akita

ア行
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別名:秋田犬/Akita-inu,Akita-ken
原産国:日本
区分:大型犬
グループ:5
体高:オス64~70cm/メス58~64cm
体重:オス45㎏前後/メス38kg前後

江戸時代、秋田地方で熊猟犬として用いられた「秋田マタギ犬(岩手犬)」と土着犬などの交配が行われ、秋田犬の原種となりました。

明治時代になると、他の地方の犬や外国産の大型犬種との交配が行われるようになりました。
1897年(明治30年)には、高知県から土佐犬(四国犬 ※土佐闘犬とは別品種)が入り、日清戦争以降は樺太犬や北海道犬も導入されました。

一方、マスティフやジャーマン・シェパード・ドッグ、グレート・デーンなどの洋犬種との交配により、本来の秋田犬の特徴が失われた犬は、「新秋田」と呼ばれました。

江戸、明治と秋田では闘犬が非常に盛んで、より強い闘犬を作るため交雑が進み、昭和初期には純粋な秋田犬はほとんど存在しなくなりました。

大正時代に入る頃、当時の大館町長(泉茂家)らを中心として秋田犬の保存運動が始まり、1927年(昭和2年)5月に「秋田犬保存会」が設立されました。

その後、マタギに残された犬たちの血を使った保存活動により、日本犬唯一の大型犬として登録され、1931年(昭和6年)に9頭が天然記念物の指定を受けました。

日中戦争(1937年~1945年)から太平洋戦争(1941年~1945年)に至る戦中、その後の深刻な食糧難は大型犬である秋田犬の保存に大きな被害を与え、秋田犬の数は激減しました。
当時は犬に餌を与えるだけでも国賊呼ばわりされた時代で、大型犬への風当たりが強かったようです。
また、軍用犬であるジャーマン・シェパード・ドッグ以外の犬には捕獲命令が出されており、捕獲を逃れるために、秋田犬とジャーマン・シェパード・ドッグとの交配が行われたことも、保存に影響を与えました。

この戦時中に交配したジャーマン・シェパード・ドッグの特徴を残した犬を「出羽系」と呼び、昭和20年代には秋田犬の中心でした。
占領軍兵士の帰国とともにアメリカに渡り、現在「アメリカン・アキタ」と呼ばれる犬種の血統は、ほぼすべて「出羽系」です。

1945年(昭和20年)の終戦の時点では、血統の正しい秋田犬は、愛犬家の非常な努力により残された、わずか十数頭に過ぎませんでしたが、これらの犬を土台として、再び純血種としての繁殖固定が行われました。
この犬は「一ノ関系」と呼ばれ、1955年(昭和30年)頃からは秋田犬の主流となりました。
現在、国内で見られる秋田犬はほぼ「一ノ関系」の血統です。

渋谷駅で亡くなった主人を待ち続けた、「忠犬ハチ公」で有名な犬種です。
家族に忠誠を誓い、飼い主を守ろうとする気質が強いのですが、その分他人に対する警戒心が強くなり、初心者には向かないとされる犬種です。

JKC登録は1999年に455頭(46位)の登録があります。最高登録数は2001年の597頭。2008年には150頭まで落ち込みましたが、2014年から2017年にかけて400頭前後まで回復。平均して200~300頭の登録があります。
日本犬種では柴・日本スピッツ・狆に次いで人気の犬種です。

あず
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海外でも大人気!ヘレン・ケラー女史やザギトワ選手もトリコに!